「父の日のエリントン。」

スペシャルウィーク聴取率調査週間)の「粋な夜電波」は、「菊地成孔のミュージックプレゼント」と題し、「大切なあの人に曲を送りたい」というオーダーを募集して、菊地先生がそれに応え、選曲してくれるという特別企画。
リスナーの方からのエピソードも感動的でしたし、それを踏まえてプレゼントする曲のチョイスがまた最高で、素晴らしい企画でした。
中でもオンエア当日が父の日だということで、「父に曲のプレゼントを」というオーダーが多数寄せられ、そのすべてにまとめて応えるべく、最後にエリントンの曲を紹介されたところが心に残りましたので、その部分を文字起こししてみました。

His Mother Called Him Bill

His Mother Called Him Bill

「ジャズ界の父」といえば、この人しかありえません。「デューク」こと、エドワード・ケネディ・エリントンですね。
エリントンのプロファイルは番組でも何度かお話ししてますんで、割愛させていただきますが。
まあ、あの癇癪持ち、喧嘩番長マックス・ローチもですね…、自分の怒りがもう不条理なまでの、もう異常な、病的な怒りがコントロールできずに、「これなんとか鎮めてくれ」と自分から精神病院に入った…あの怒りん坊、チャールズ・ミンガスも…、あとあの傲慢でエゴイストのチビ、マイルス・デイヴィスさえもですね、…もうあらゆるモダン・ジャズメンが彼を衒いなく「父」としました。父とみなしました。
そしてその父はですね、バイセクシュアルだったんですね。女たらしの男たらし。これはある意味、父像としては異様なまでに完璧だともいえると思いますね。
二次大戦後のモダン・ジャズメンで、彼を代理父、父像を転位しなかったのはですね、チャーリー・パーカーただひとりといえます。このパーカーの「永遠の放蕩息子」性ですね…、エリントンの永遠の父性に関して、ま、あまりに歴史を…アンチ・オイディプスの物語の舞台にしすぎるのは、いくらフロイディアンとしても野暮ったいですから。…まあまあ、詳しくは後々のお楽しみ…とさせていただきまして、本日「父の日」にエリントンを1曲。
え〜、非常に悩みました。エリントンはクオリティとクオンティティを両立させた唯一のジャズメンといわれる…ね、あまりにゴージャスでリュクスな父親ですからね。パーカーの100倍くらい音源があるんじゃないかという…。
ま、その中で、選ばせていただきました。彼の唯一無二の懐刀であり、そしてお稚児さん…というか、「愛するお稚児さん」ですね…、でもあった天才作曲家。エリントンの楽曲だと思ってたら、ほとんどがビリー・ストレイホーンって書いてあるのはどういうこと?…というのは、ジャズ入門者のびっくり通過儀礼のひとつですが、そのビリー・ストレイホーンが亡くなった時、68歳のエリントンは追悼盤を出します。ジャズファンにはおなじみ、このアルバムのタイトルは「And His Mother Called Him Bill」です。
ワタシこのタイトルに…ま、これは葬儀の時に牧師とかが言うクリシェだと思うんですが…、とはいえですね、地味ながらエリントンの強い感情をキャッチせざるを得ないですね。
「そして彼の母親は彼をビルと呼んだ。」と…ここにですね、エリントンのバイセクシュアルな、あまりに豊かな父性の介入を忖度するならば、「じゃあ自分は彼をどう呼んだか…。自分が彼の母であり、父であり、恋人ですらあった」と。「自分は奴の母親よりも奴と親密だった」という自負がですね、エンターテインメント界のトップにあったエリントンの、ある種の父の寡黙…沈黙といいますかね…として、ひしひしと迫ってくるような気がします。
このアルバムから1曲、「Lotus Blossom」つまり「蓮の花」というね。これ、ビリー・ストレイホーンの楽曲ですが、すでにこれ生前から仏教的な死後の世界観っていうんですかね、仏性による施しや旅…といったようなイメージが表現されているかのような、名曲です、「蓮の花」ですね。
この曲で今夜はお別れしたいと思います。
デューク・エリントンのピアノ、アーロン・ベルのベイス、そして名手ポール・ゴンザルヴェスのテナーによります1967年の演奏、「Lotus Blossom」をお聞き下さい。
本日はたくさんのお便り、ありがとうございました。「菊地成孔の粋な夜電波」、お相手はエリントン亡き、そしてついでに実の親父も亡き、日本ジャズ界という荒野を生きる菊地成孔でございました。

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