「実は慎重な、マイルス。」

第64回の「粋な夜電波」、最後の曲の紹介でマイルス・デイヴィスについて語られた部分を文字起こししてみました。
ゲストの方を交えて楽しく対談されるのも面白いのですが、やっぱりこの番組は菊地先生が選曲して、それについて知識とユーモアにあふれた解説を加える、というのが基本ですね。ジャズの世界に誘われる時の感覚に、毎回グッときます。

Quintet / Sextet

Quintet / Sextet

というわけで、本日最後の曲ですね。
今日はワタシ…持って来たのマイルスだけですからね。えっと、大塚さんと番組の最初の方でやったザウンドインダストリーのCMのうしろにも流れております盤、マニアの間では「&ミルト・ジャクソン」と称されることが多い「Miles Davis And Milt Jackson Quintet/Sextett」というね。これプレスティッジのアルバム…Prestigeはマイナーレーベルですけどね。
はい。55年ですね。ま、いい感じで…先週ちょっと終わりが湿っぽかったんでね。湿っぽい終わりが続きましたんで、今日はまあ軽快な感じで、あらよっと…終わりたい感じですけども。
この時のマイルス、のん気ですね。え〜55年だから、なんだ…29歳(笑)。まあ…そうですね、ニューディール時代を知っている者…という平均でも29、ジャズメン、若手っちゅうかね、脂がのったとことも言えますけどね。
まあ…マイルスってあの…イメージ的に、時代の先を読んで先を読んで、必ずこう…先駆的な動きをして、ネクストをこう…打ってった人みたいに思われがちなんですけど、全然そうじゃないないですね。マイルス、実は慎重でですね、非常に。慎重っていうか、お坊ちゃんで鷹揚っていうか、ちょっとあの…なんていうんですか…ハイプライドな人間にありがちなこう…気の弱い感じって…防御態勢っていうんですかね。
ま、いろんな説明がつくんですけども、なかなか動かないですよ。意外と慎重挙止でですね。あの…ロックが流行ったっつって、だいぶ経って、要するにマイルスが「じゃ、やってみようかな。オレもやってみようか。」っつってやる時には、もう既に定着文化だっていうのが多いんですね。
ただこう…いろんなことをこの方、ガツガツ先にやるんで、まあその…何でもやったっていうイメージがね、付いてますけども。ちゃんと時系列を追っていくとですね、非常におっとり刀で出てくるタイプです。
55年といったらですね、この番組でも何度か申し上げました通り、「アメリカが、今のアメリカになった年」ですよね。ハイウェイが貫通して、ディズニーランドが出来て、マクドナルドが出来て、ミスタードーナツが出来るっていう…。で、ビルボードがチャートのランキングを始めて、55年にはチャーリー・パーカーが亡くなって、56年にはエルヴィス・プレスリーが登場、と。ジャズからロックンロールへの時代に移行、と。この番組でも何度もお話ししてますが。
その時マイルスが、早目にね、何か手を打ってるかっていうと…そうでもなかったっていうね(笑)。ミルト・ジャクソンと一緒に楽しくいい調子にハードバップ演ってたって時ですよね。
ま、この盤は特にマイルスのチンピラの舎弟であります、ジャッキー・マクリーンがゲスト参加しておりまして。まあ、ジャッキー・マクリーンはもう…マイルス・デイヴィス自伝の名脇役ですよね。もう20代の前半からマイルスと「ヤク友達」というかね。ワル仲間、チンピラ仲間で、もうマイルスの舎弟で…これがもう一生舎弟だったっていうね。マイルスが一番最後の死ぬ前のコンサートでもジャッキー・マクリーン呼び出されて、まあその二人の会話がちょっと泣けるわけなんですけど…。ま、そういったことは、また追々番組でご紹介していきたいと思います。
では、ジャズミュージシャン・菊地成孔がお送りしてまいりました「菊地成孔の粋な夜電波」、お別れの時間となりました。また来週、日曜の夜にお会いしましょう。お相手は菊地成孔でした。最後の曲です。「&ミルト・ジャクソン」より「Bitty Ditty」。ありがとうございました。

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