「悪魔を見た」

…まさに悪魔を見てきました。
水道橋博士も推薦の韓国映画「悪魔を見た」(原題:악마를 보았다 英題:I SAW THE DEVIL)。
オールド・ボーイ」「親切なクムジャさん」での怪演がいまだ記憶に新しいチェ・ミンシクが殺人鬼の役を演じた、凄まじい復讐劇だというから、これは観ないわけにはいかない。かなり恐ろしいものを見せられることになるだろうが、覚悟を決めて観に行った。
平日の昼間、ショッピングモール内のシネコンでの鑑賞。
チケット売り場で自分の前にいたのは、いかにも韓流ドラマ好きそうな60代くらいのおばさん。主演のイ・ビョンホン目当てなのだろう。
…おいおい、大丈夫か?と心配になる。全くどんな内容か知らず、「愛しのビョン様の凛々しい姿」を拝みに来ただけだとしたら、卒倒するんじゃないだろうか。
子どもたちが嬌声を上げているゲームコーナーの隣で、この後悲鳴を上げることになるとは、まさに白昼の惨劇
空いていることを期待して来たが、やはり客席はまばら。しかし年配の女性が多い。みんな韓流スター好きなだけなのだろうか。
だからマナーが良くないというのは偏見だろうが、場内暗くなってるのに遅れて入ってくる人や、途中で席を立つ人も多いし、始まってるのにいつまでも私語が続いてるし、どこからか高鼾まで聞こえてきて、なかなか集中できなかった。
でも、多少気が散るぐらいでちょうど良かったのかもしれない。イ・ビョンホンを格好良く撮ろうとして、ちょっと作り物っぽく見える場面があったり、悪党を野放しにしている警察は何やってんだとツッコミどころも多々ある隙のあるストーリーも、どっぷり入り込めなかった理由であったが、もしスクリーンに大写しされるこの阿鼻叫喚の地獄絵図にまともにあてられていたら、観終わった後に気分を立て直すのにかなり苦労しただろうから。それほど悲惨で無慈悲な映画だった。

婚約者を惨殺され、復讐の鬼と化すイ・ビョンホンが、意外に簡単に犯人を突き止めるのだが、そこで致命傷を与えておきながら殺さずにおき、気絶している間にGPSとマイクの機能を持つカプセルを飲み込ませて解放し、位置を突き止めては何度も痛めつけるのだ。
この執念と憎悪を目の当たりにするだけでも恐ろしいのだが、これだけでは終わらない。チェ・ミンシク演じる殺人鬼が、何度やられても全く反省しないのだ。人はここまで悪になれるものかと震えてしまうほどの狂気を宿していた。あんまりにも悪い奴過ぎるから、「ビョンホン!そんなんじゃ手ぬるいよ!」と残酷な暴力シーンなのに、主人公に肩入れしてしまうほど。(「クムジャさん」を観た時もそうだったな…)そういう意味ではカタルシスはあったのかな。
しかし、ここまで陰惨な光景を観なければいけないもんかね。多くの人はそう感じるだろう。
だが、戦争のニュース映像を観ながらメシが食えるほどに感覚が麻痺している現代の我々は、他人の不幸を見て「自分じゃなくて良かった」と安心し、他人の痛みを自分のことのように感じる共感力が鈍くなっている。この想像力の低下が取り返しのつかない事態を引き起こす可能性は誰の身の上にも降り掛かっている。仮想体験としての映画における暴力描写はエスカレートする一方だが、ついにこれほどの衝撃を与えられてようやく、感情が揺さぶられるまでになっているのだ。
「俺にこんなことまでさせんなよ…」とでも言いたげなイ・ビョンホンが流す涙は、「ここまで残酷なもんを見せなきゃ人は学ばないのか」と、この映画を突きつけた監督の嘆きの涙ととることもできるかもしれない。