「ビートルズにたかったジャズミュージシャン達」

菊地成孔の粋な夜電波」第26回は「ビートルズにたかったジャズミュージシャン達」特集ということで、いろんなジャズメンがビートルズの楽曲をカバーしたレコードをプレイするというユニークな回になったわけですが。
自分のようなロック一辺倒でジャズはまったくの初心者には、とっつきやすくてわかりやすい、いい回でしたね。
中でも1963年前後にビートルズが世界を席巻した当時のビルボードチャートから見る、ジャズメンの立場の変化についての話が興味深かったので、その辺りをテキストに起こしてみました。
2時間の生放送になってから(とはいえ今回は収録だったようですが(笑))、アドリブで語られる部分が増えたようで、聴いている分には菊地さんのルーズに喋る部分も臨場感あって楽しいのですが、口調をすべて文字に起こそうとすると難しくなってきました。
なので、ある程度重複したり、言い澱んだりしているところはカットして、それでもなるべく口調そのものは伝わるように手を入れさせてもらいました。

ビルボードはいろんな出口調査だとか、ジュークボックスに一番コインが落ちた数とか、音楽ソフトの総合力を測ることが出来る会社だったんですね。それでまあ今のビルボードの力があるわけなんですが。
このビルボードのですね、1960年からでいいんで、各国のをこう…めくっていきますね、そうするとですね、64年…つまりザ・ビートルズが北米でデビューして、北米経由でそのレコードが世界中にばら撒かれていく前夜までは、ま、だいたいその国の大スター、お国のスターですね…我が国だったら北島三郎さんですとか、そういう方のが上の方にちらっといて、アメリカのポップスがそこに混じっているというような状況が、どの国もあるんですね。
これがペラペラとページをめくっていって64年の2月に差し掛かると、ブワッと上がビートルズになります。まあ、イメージとしてはですね、無血革命っていうかね。これがまあ、革命っていうことはこういうことじゃないかなっていう…、すべての国のローカルスターの首が刎ねられて、世界中が1位が全部ビートルズになっていくっていう状況ですね。
「I Want To Hold Your Hand (抱きしめたい)」がドーンと入ってきて、「She Loves You」、「Please Please Me」と、上位何曲かがビートルズという状態がだいぶ続きます。
ちなみにアメリカではですね、2月1日付けの週にビートルズが初登場しまして、ずーっと1位独占するんですが、一時的に待ったをかけるのがですね、なんとルイ・アームストロングの「Hello,Dolly!(ハロー・ドーリー!)」っていうね。これはまあ何て言ったらいいか…ストッパーですね。ビートルズを一瞬ストップして、消えます、その後「ハロー・ドーリー」は(笑)。翌週から1位じゃなくなっちゃうんですけども。
ま、この一点をしてですね、ジャズが一矢報いたっていう…この一点だけです。後は報えないんですよね。
ビートルズは音楽産業自体の規模も構造も全く変えてしまいまして、それまで「このくらい売れてたらそこそこ良かった」っていうのが、もう「このくらい売れてたんじゃ駄目」っていう状態に産業規模を変えてしまいます。まあ、まさに革命ですね。
で、まあ一番喰らったのが、そこそこポピュラー・ミュージックとしていい調子でアメリカが世界に誇る文化としてやっていたジャズ・ミュージックですね。ジャズはこのビートルズのデビューによって、実質的にケツを蹴られてですね、まあ現在の立場っていうか…「アート」と言えば聞こえはいいんですけども、「ジャンル・ミュージック」に格下げっていうような状況に…まあ、ビートルズにされるわけですよね。
で、それに対してジャズの方からなんとかアゲインストしていくんですけれども、まあ、どうしても「たかり」に聞こえてしまうっていうね…ことになってます。
ちなみにワタシが生まれた1963年6月14日の週の1位は「スキヤキ」ですけどね、坂本九さんの(笑)。
え〜、「スキヤキ」の週に生まれたワタシですけれども。63〜4年っていうのはまあ、ポップ・ミュージックの一番いい時期っていうかね。…まあ、ビートルズがきますわな、ビートルズがくるんですが、同時にボサノヴァもくるんですよ。実際63年にこれがくるんですね…「ゲッツ/ジルベルト」ですね、ヴァーヴ。…いまだにブラジリアン・ミュージックのファンからは忌み嫌われ続けている(笑)アルバムですけども。Verveレコードから出た、要するにジャズがボサノヴァをかっ剥いだかたちですね。
(「イパネマの娘」を流しながら)
これはもう…番組でも紹介したことのあるスタン・ゲッツ。なんていうのかな〜、白人ジャズメンが、黒人ジャズメンよりヒドくなる…ということの好例のひとりですね。ま、チェット・ベイカースタン・ゲッツかといわれてるね。モルヒネ欲しさに武装強盗団にまで入った男が(笑)、その武装強盗団に入って、捕まった後にこれやってますからね。ええ、このレコーディングの前に武装強盗団に入ってますから、スタン・ゲッツ
…これがですね、なんと驚くべきことに、アメリカのジャズ・ミュージックの中では唯一グラミーのセンターチャート…主要部門の…ベスト・レコードかな?…を獲るんですね。一昨々年くらいにハービー・ハンコックが「River」で獲るまでの間は、グラミーの主要部門でジャズメンが賞を獲ったのは、これ一枚だけでした。
よくマイルスが獲ったとか、パット・メセニーが獲ったなんて言ってますけど、あれは端っこの賞ですから。メインで獲ったのはこれだけなんですね。それくらいバカ売れしたんですよ。
というわけで、63年当時のアメリカってのは、アメリカのポップス…それまでのポップスがあって、ビートルズがきて、ボサノヴァは大変なことになるわ、これを迎え撃つモータウンっていうね、とんでもない組んず解れつの活況を呈することになるんですよ。
え〜、モータウンビートルズを迎え撃つことになるわけで、元々ビートルズ自体がアメリカの黒人音楽に憧れて始めたわけですけども。
ま、バックの取り合いですね。イギリスがアメリカに初めて思いっきりインヴェンション喰らわしたやつに、アメリカがまたリヴェンジするという、ほんとに組んず解れつですよ。
スティーヴィー・ワンダーの「We Can Work It Out」を聴きながら)
…これ後ろまで聴くと、ほんと凄いんですけど。アレンジが違っててですね…最後まで聴かせろよって話なんですけど、なかなかジャズメンがたかったところが、前半に出て来ないとまずいんで、急ぎますが…。
これねえ、今のスティーヴィー・ワンダーヴァージョンって、オリジナルヴァージョンの三拍子になってるところをシカトで四拍子でどんどんファンキーにいくんですよね。すごい意地というか…このモータウンビートルズっていうのは互角ですから。モータウンビートルズと一緒にビルボードの中でも激戦を繰り広げたので、まあ、格的には互角なんですよね。なんでこう…バチバチバチっと火花が散る感じなんですけども。…ジャズはもう吹き飛ばされてるんで(笑)。
そもそも吹き飛ばされてるんだよね。ロックンロールの誕生と同時にほぼ吹き飛ばされてますし…ですので、こんなにバチバチ火花が散る健康的な感じじゃなくて、ちょっと不思議なね…。
とはいえジャズはやっぱりこう、さっきのオスカー・ピーターソン盤みたいに、非常にこう香り高く美しくカバーすることができるんで…。ま、リスペクトもできるし、たかりもできるという…こうなんとも言えないね、ジャズの二面性ですよね。

…この後、菊地さんが「これはヒドイ!」と爆笑した珍盤、バド・シャンクの「マジカル・ミステリー」の紹介に続きます(笑)。

マジカル・ミステリー~フール・オン・ザ・ヒル

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