「FLOWとは溢れること。」

今週の「粋な夜電波」は、急遽先週の〈HIPHOP放送大学〉の補講。
大幅に脱線しては軌道修正し、予定時間もオーバーし、それでも詰め込むんだという、AMラジオではありえない情報過多の番組になりました。
まさに菊地先生のインテリジェンスが溢れ出すFLOWするラジオ。
面白いトピックがたくさんあったのですが、「とりあえずワタシ個人の」と前置きしながらも、曖昧な概念「FLOW」を定義付けてみるという、難解な仕事に取り組まれた部分を文字起こししておきます。

JAZZDOMMUNE (DOMMUNE BOOKS 0008)

JAZZDOMMUNE (DOMMUNE BOOKS 0008)

菊地成孔の粋な夜電波。ジャズミュージシャンの菊地成孔TBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。今週は「特集/声とリズム〜誰も語らないヒップポップ進化の構造(1)補講」をお送りしております。…ま、(2)はないと思いますけどね。
〈中略〉
はい。さて、では、補講を続けます。
え〜、第二の御指摘ですね。つまり「巨大な意味の集積である最高価値を個人的に定義してしまうことへの懸念」ですが、…え〜、これはまあ、答えるまでもない…とはいえですね、え〜、ワタシの回答は非常にシンプルで、すなわちこれは、ワタシがしていることは…こう…「確信的な新定義をするのだ〜」といった勇ましいもの…バリアントなものではなくてですね、あの…あくまでワタシ個人の考えの紹介であって、反論もあるでしょうし、触発もあるでしょうし、え〜まあ、こうした行為の連続が、派生的に新しい解釈を生むことは「What is Swing ?」にも明らかでですね。つまり、貧さに寄与するのではなく豊かさに寄与するものと信じて疑わないと、いうことですけれども。
え〜、ワタシの解釈の独自性…独自性ってほどでもないんですけどね。大抵の方が言語化されてないだけで、「フロウ」を揺らぎだと思ってる方もだいぶいるとは思うんですが、あのまあ…あえてグリグリに言葉で説明すると…ということをやっているわけですが。まあ、独自性があるとしてですね、その輪郭を明瞭にするという意味も込めまして。いわゆる一般的解釈とされる…といってもこれも実のところないんですけどね、さっきも言ったように「愛」と一緒ですから。「愛」の一般的解釈というのはないのと一緒で、「Swing」の一般的解釈がないのと同じでですね、ないのですが…。ま、あるとしてですね、来歴も含めてざっと御説明したいと思いますね。
え〜、過去から現在にかけて、前回申し上げたとおり、まだ…40歳に満たない音楽ですが、ヒップホップは。その短い歴史の中でですね、「フロウ」の一番単純でハッピーな定義は…、え〜…「いい感じ」(笑)…と思われますね。ラップを聴いていて、「いいな〜、キタ〜」と思ったら「フロウ」…というのが、まあ、一番おおらかなものだと思いますね、どう考えてもね。
…とはいえこれではあまりに大らか過ぎ、ヒップホップマニアはもう少し限定的な定義を設定しようとするわけですけども、まあ…そうですね、以下微妙ですけどねこれ…、いきなり余談になりますが、「さあ説明するぞ」っつって余談になるわけですけども。こちらを御存知の方…「ヒップホップあんまり聴かないよ。だけど、こちらは知ってるよ。」という方いると思うんですけども。
え〜、ミハイ・チクセントミハイ(Mihaly Csikszentmihalyi)っていうですね。あのこれラジオネームじゃありませんで、本名なんですが、ミハイ・チクセントミハイというハンガリーの心理学者がいて、これハンガリーでは日本と同じように、「ナルヨシ・キクチ」じゃなくて「キクチ・ナルヨシ」になりますハンガリーでは。なので、チクセントミハイハンガリーだと「チクセントミハイ・ミハイ」ってことになるんですけど(笑)。人の名前で笑っちゃいけないんですが。…まあ、そういう人がいます。
シカゴ大学の教授なんで、単純にあの…ヒッピーなんですけどね。彼が70年代初中期に提唱した「フロー感覚」という…。これヒップホップ全然関係ないです。あの〜、要するに、完全に集中してのめり込んでる状態だと、まあ、いわゆる…ヒッピー的なコンセントレーション、メディテーション…みたいなやつで、ま、当時のね、ヒッピー学者が…ヒッピー学者って「ヒッピー学」があるわけじゃなくて、ヒッピーの学者が…ってことですけども、作り出して流行した様々な新語・新概念みたいなもののひとつなんですが。現在はヒップホップのこの…あの…ミハイが作った「フロー感覚」ね。とにかく集中してると、ワ〜っと流れていって、こう…ハイになるというような感覚のことをこう呼んだんですが、このミハイの「フロー感覚」からヒップホップの「FLOW」がきてるのか、全く関係ないのか、というのは、研究家によって分かれます、欧米でも。
ま、ヒッピーのやることはね、あの…グズグズなんで(笑)、あの…同じ時期に「フローティング」とか言っちゃって、フローティングっつって、水が入ったタンクに浮かんで瞑想したりしてね。フローティングのフロート(FLOAT)と、フロウ感覚のフロウ(FLOW)は綴り全然違いますから、全く違う言葉なんですけれども、ま、グチャグチャになっちゃってですね、ええ、「フロウ」「フロート」みたいなね…。まあ、ヒッピーの…やることですけどね。
ヒップホップの黎明期のブラザー達にヒップスターが…ヒップスターっつってもほんとの…白人のヒッピーみたいなヒップスターが居たかどうかは…微妙なところですが、…あの…ワタシの考えではですね、「フロウ」というのは言語の意義が二分されるという意味に、こう…豊かさがあると思うんですね。フロウはF・L・O・Wですけれども、辞書的に言うと、大きく「流れる」という意味と「溢れる」という意味があるんですよね。で、この二つの語義は隣接というか、まあ…一単語に同居してるわけですから、あの…非常に癒着的で、区分が微妙です。
え〜、極めてシンプルに言うと、ワタシはどっちかっちゅうとですけど…「溢れる派」なんですけれども…。「流れる」派も多くてですね、最初期からは「流れるイメージ」が、フロウをこう…説明してきました。つまりここ重要なポイントですけども、前回の講義でワタシはあの…ワタシのフロウ解釈ですと、オールドスクラーのそれは、日・米・韓の違いなく、フロウは潜在化されてはいたが、外在して存在してなかった。やがてそれが顕在化して外に出てきて、顕在化して最高価値、すなわち黄金となり、抗争を起こす一因にまで至った、ということでした。
え〜、これは「何を大げさな!」と言う方もね、たくさんいらっしゃったんですが、そういう方は19世紀末にですね、シンコペーションがどれだけセンセーショナルな、もう…エロいギリギリの、不道徳ギリギリの剰余価値として取りざたされたか、お調べになるといいと思いますよ。シンコペーションってのは、ただ単に拍がひとつずれるだけのことです。これがあの…アフリカ→アメリカ経由でヨーロッパに渡った時、大変な騒ぎになったんですね。「ヤバイよこれは!不良っぽいよ!」ということで、「エロ過ぎるよ!」ということですね。
はい。話がだいぶ逸脱しましたけれども(笑)、まあ…「フロウ」自体がヒップホップの最初期から使われてきた言葉で、あのこれ当然、訛らず揺らがぬオールドスクーラーにも適用されてきました。え〜、ライミング。これは同じくヒップホップの用語で「韻を踏む」ことですけども、ライミングがどんどん見事にこう…卓球のラリーみたいにバンバンバンバン決まってですね、言葉が止めどなく出てくるような、クールでハイな状態を、こう…「フロウ」としたんですね。ま、これは…さっき紹介したミハイの「フロー感覚」とは似てなくもないですね。
オールドスクーラーにフロウを見い出すとしたらですね…。どこら辺が…ま、よく言われるのは…またRUN-D.M.C.が出てきますが…そうですね、ここのあたりとかが…。これは80年代ですから、まだいわゆる揺らぎ・訛りは出る前、カチカチの80’sミュージックですけど…。
(曲)

…ま、このあたりでしょうね。こう…ガンガンガンガン、ライムも決まってバン!バン!ってきましたね。ま、これはPUSHと言ったりHUSTLEと言ったり、いろんな言い方されるんですけども、あの〜、最初からずっと申し上げている通り、SWINGだGROOVEだFLOWだってのはヌエ(鵺)みたいなものですから、え〜、ここでは言葉とその韻ですけどね、それがこう…うわ〜っと流れて聞こえてきてるのか、ぶわ〜っと溢れて聞こえてきてるのか、「どっちでもいいよ」とも言えますし、「いやあ、微妙だけどそこ重要よ」とも言えるような話ではありますよね。
まあ、とにかくワタシは「FLOW」は「溢れること」だと解釈しています。で、ま、要するに、溢れるものは揺らいでる、というわけですね。「溢れる」という現象が具体化する時に、揺らぎ、訛ることだというふうに…、要するに「余剰」ですよね。いっぱいあるんで、溢れちゃうと。で、これが揺らぐんだと、いう流れで解釈しています。

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