「ブレス」


キム・ギドク監督の「ブレス」をDVDで。
てっきり主演は「悪い男」のチョ・ジェヒョンかと思い込んでいたが、よく似てるけど別人で、台湾の俳優チャン・チェン。しかし「悪い男」同様、ほとんど喋らないという役どころ。
チャン・チェンが演じるのはチャン・ジンという死刑囚。獄中で何度も自殺を図り、刑の執行も迫っていて、何の希望もない男。
ニュースでその男の自殺未遂を知った人妻・ヨン(パク・チア)は、なぜか彼のことが気になって仕方がない。
稼ぎのいい夫(ハ・ジョンウ)とひとり娘と何不自由ない暮らしをしていたヨンだったが、夫が浮気していることを知ってから情緒不安定になる。
衝動的に向かった先はチャンの収監されている刑務所で、昔の恋人だと偽って面会を申し込む。そこで幼い頃に臨死体験をしたことを告白し、チャンに対して奇妙な愛情を抱いていることに気付いたヨンは、それから何度となく彼に愛に刑務所を訪ねるようになる。
…かなり偏った愛の物語で、キム・ギドク監督の趣味性爆発の作品。決して万人ウケはしなギドク作品でも、さらに好む人を選ぶだろう。
わずかな撮影期間で作られたという本作は、やはり各シーンのアイディアを組み合わせて独自の世界観を紡いだ、短編小説的な色合いが強い。
だからこそ、ストーリーの細かい部分はあまり気にしないで、絶望的で哀しくも美しい白日夢に浸るような気分を味わうのがいいのかもしれない。
まだ真冬なのに春物の服を来て刑務所を訪ね、面会室を花が咲き乱れる風景のポスターでディスプレイし、持参したカラオケで春の訪れの歌を陽気に歌うヨンを見て、チャンは呆気にとられる。だが、自分を楽しい気分にさせようとするヨンの笑顔に、冷えきっていた心が徐々に解けていく。
翌日は、「真冬になんだ、あの女?」と周囲に不審がられながらも、夏物の服を着て、扇風機などの小道具も用意して刑務所を訪れる。死刑執行を待つ身のチャンに、ヨンは四季をプレゼントしようと思ったのだ。
…この奇抜なアイディアはキム・ギドク監督ならでは。
普通に考えたら、刑務所で死刑囚に仕切りなしの同部屋で面会させることもおかしいし、面会室を自由に飾り立てて歌ったり踊ったり、あげくには抱き合ったりというのは許されるはずがない。
いちおうこの映画の中でも、刑務官は勝手な行動を咎めたりするのだが、すべての権限を持つ保安課長なる人物が、別室から見ていてブザーによって指示を出す。この人物が許可することで、急接近する二人。その様子を「まあ、どうなるか見てみようじゃないか…」と口には出さないが、そんな感じで見ている人…それが実はキム・ギドク監督本人だったというのが、(わかる人には)わかる。
この辺りの虚実を混在させるセンスは心憎いばかり。
死刑囚になぜか強く惹かれる女が主人公、という点で、やはりどうしても小池栄子主演の「接吻」という作品を連想せずにはいられないが、内容も観終えた印象もまったく違う。やはりあまりにもキム・ギドク監督の作風が特異なのだ。
今回は過去のギドク作品で使用したモチーフを連想させるようなシーンも多用しており、よく言えば得意技のオンパレードでもある。韓国映画界から評価されず、資金調達に苦労していた当時のギドク監督の、国外に向けたアピール用のセルフ・プロモーション作品の一面もあったのでは?…というのは穿った見方か。

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