「マルケスに捧ぐ。」

「粋な夜電波」第155回放送は、フリースタイル…といいつつ、急遽文学特集。
先日亡くなったガルシア=マルケスの短編を朗読された、濃い内容となりました。
選び抜かれたBGMとと相まって、まさに中南米文学がいかに音楽に近いかということも証明されたような、リピート再生に延々耐えうる神回。
番組冒頭部分を文字起こししてみました。

Dreaming Paris: Theme and Variations

Dreaming Paris: Theme and Variations

はい、「菊地成孔の粋な夜電波」。ジャズミュージシャンの菊地成孔TBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。
本日はフリースタイルということでして、気が付けば5月も中旬でございまして、新社会人、新世界人、新宇宙人、新入学生、新成人に、新進気鋭の新聞配達婦、新顔の新幹線車内販売嬢、新品の新車に乗った新興国新御三家(ドバイ、マレーシア、クロアチアといった感じですね(笑)。
え〜…ということでですね、まあまあ…フレッシュな季節ですので、「あれをやろうか、これをやろうか?」…何か思い付くまま、気の向くままにですね、何かフレッシュな事をやろうということで、朗読をやることにしてみました。
過去、田中康夫先生の「なんとなくクリスタル」を朗読した回がですね、好評賜ったことに気を良くしまして、今回も小説であります。
と申しますのも、3週前の生放送の時、私…昨年暮れに御父上を亡くし、鬱ぎの病を煩った御子息と、生放送中にある取引を申し出まして、「詳しくはポッドキャストを。」と言いたいところなんですけども、ま…これはね、クビを覚悟ではっきり申し上げますが、当番組はポッドキャストはお奨め出来ません。音楽が聞こえないからでして。
カレー屋さんがタダで配っているライスだけ食ってね、腕組みして「ここのカレー屋がどうのこうの…」語られたらね、嫌だという遥か以前に面白過ぎますからね。カレーじゃなくても、鰻でもカツ丼でもいいんですけど、飯だけ食ってやいのやいの言われてもね、米屋じゃないんで(笑)。
やめちゃいませんか、ポッドキャストね?…そうはいかないですね(笑)。…はい、音楽番組にとったら、百害あって一理なしですね、ほんとにね。…交渉しようと思います。
それはともかく…取引が成立したかどうかは、これは言わぬが花ということで。しかしはっきりと私、「書を捨てよ」と申し上げました。ま、これが誤解のきっかけでですね。
「ラジオ舌っ足らず」…昨今の日本人、斜め読みで拡散し過ぎといった惨劇がそこかしこにね(笑)。まあ、それはともかく。誤解されたら解けばいいんで。
今、エレベーターですらね、「ゴカイデス、ゴカイデス。」と連呼する時代でありまして(笑)。今日はその誤解を解こうと思います。
もちろん、皆様と共に大いに楽しみながらいければ最高であります。
え〜…実のところ、文学も哲学も取説も新聞も、それに掲載されている4コマ漫画でさえ、紙に書かれたものばかりを、他のもんも食わずに読み耽り続けるというのはですね、3週前…いやさ20年ぐらい前からワタシ申し上げております通り、精神衛生上…ま、あまりよろしくありません。
しかしワタシは、書物が絶対的な毒物であると申し上げたのではない。
ま、ま…本音を申せばですね、兄貴が文士で、親父が板前、そして自分自身、音楽もやり本も書く両刀使いとしてこそですね、尚更声を大にして申し上げたくて仕方ないのですが。
ま、ここは猫をかぶってですね、キャットウォーク…百歩譲り「そうですニャ〜」という感じですけど、「栄養バランスは良く」ぐらいにしときましょうかね。
我々は、極地に住まうイヌイットのように、一年中生のアザラシを一頭丸々食べ続けることで、すべての栄養素をまんべんなく摂るといった、極限的な食生活環境にはおりませんで。まーまー…ビタミンCわずかレモン1個分を、アザラシの分厚い皮下脂肪8kgから摂るのであります。
小説から音楽の要素を抽出するということはですね、砂金穫りの悪どい欲望をもってしてもギブアップでしょう。ブラームス1小節分に三島由紀夫が50冊でやや足りません。
しかし、前口上でも申し上げました通り、他人が朗読した音声というものは、よしんばそれがサド、バタイユドストエフスキーといった、まーまーまー…人殺しの劇薬を元にしたものであってもですなぁ、これほとんど音楽でありまして。古今東西やりくちによっちゃぁ、劇薬ってのはすぐ良薬に変わるもんで。
最近では「読み聞かせ」ですとかね、「ポエトリー・リーディングの何度目かの復興」とかね。三代目魚武濱田成夫さん、ご苦労さんでございます…といった…(笑)。あるいは「朗読カフェ1時間、読んでもらって抹茶オレ一杯付いて5000円です。」といった昨今ですが。
ま、そもそもラジオ愛好家の皆様にとってはですね、こんな巷の話は釈迦に説法でございまして、「チャカは鉄砲」パンパンパーン!…とですね。そもそもテレビジョンに背を向けて、音声情報から得られる栄養素を大好物に食って生きておられる皆様をお相手に、今日もこうしてマイクの前に座っておりますゆえ、要らぬ重ね事は野暮というものでしょう。
というわけで、文学の時間「金曜朗読ショー」…ま、これは金曜ロードショー」に「ク」が入ったって形ですけどね(笑)。
あらゆる書物を音楽という形で、朗読と一緒にお届けしたいと思い、本日のテストランで信を問いたいというところでございますが。
今宵お届けする小説の作者については、番組の最後にお知らせ致しますので、どうか最後までごゆっくりお楽しみ下さい。
ワタシの十代はフランスの小説を、二十代はアメリカの小説を喰らって育ちましたが、やはりどうしてもこう…物語ってのは音楽でしかあり得ないという思い止まず、三十代以降現在に至るまで、もう小説だけに限って言えばですけども、ほとんど中南米の物しか食わなくなりまして。
中南米の小説はほとんどが音楽なんです。ていうか、中南米という地域は国自体がひとつの音楽だと言っていいでしょう。
「え?中南米に小説なんかあるの?」といったお若い方には特にお耳を拝借。
「感動して泣ける」だとか、「救いの無い酷い話こそが救いなのだ」といった、まあ…何でしょうね…しつこい青年病の治療ですね、これ非常に日本に広く蔓延しております。そういった青年病の治療にノーベル文学賞クオリティをお使いいただければ、もっけの幸いでございます。
すべての選曲はいつもの通り、不肖私が務めさせていただきました。
主人公は二人。夫の名がペラーヨ、妻の名がエリセンダ…ペラーヨとエリセンダ夫婦が登場します。これだけ覚えていただければ、滑り出しは十分であります。
黙読すれば分かるんだけど、朗読だとちょっと伝わりにくい幾つかの単語というのが小説には存在しますので、そうしたほんのごく僅かの単語のみ修正しております。
それでは、先日もご紹介致しました、アルメニアの天才、ヴァルダン・オブセピアンのイントロの8小節からどうぞ。
(曲)

エレンディラ (ちくま文庫)

エレンディラ (ちくま文庫)

ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケス作、鼓直「大きな翼のある、ひどく年取った男」
この作品はちくま文庫マルケス短編集「エレンディラに収録されています。
本日の「粋な夜電波」は、コロンビアが生んだ偉大な小説家であり、ワタシがボルヘスリョサと並んで最も尊敬する、ガブリエル・ホセ・ガルシア=マルケスの作品をお届け致しました。
本日5月17日は、マルケスがメキシコの自宅で亡くなってから、ちょうど1ヶ月目に当たります。先月、84歳で亡くなったマルケスに関するあらゆる情報はインターネットによって無料で入手することができます。
また、マルケスをはじめとした中南米マジック・リアリズム文学が、ワタシの音楽や人生に与えた影響の強さは、各自ご調査下さると幸いです。
朗読にマリアージュした楽曲は、ヴァルダン・オブセピアンで「Part 1」、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールで「エアコンディショナーのTVCMの悪夢」、ヤン・ティエルセンで「Le Compteur」、そして再びヴァルダン・オブセピアンで「Part 1」でした。
あらゆる著作権に関する難関をクリアした、筑摩書房TBSラジオ、そして黄金期の中南米文学のほとんどを訳しておられる鼓先生からは、直截お言葉を頂戴いたしました。
「誠に光栄であり、私に断る理由はありません。」という先生のお言葉をそっくりそのままお返し致したく、「亡きマルケスも喜ぶでしょう。」という、あまりにも思いお言葉には、1時間の朗読劇のエンディングテーマと致しまして、本作に捧げる一曲を選曲することで、お返事に代えさせていただきます。
お相手は菊地成孔と、TBSアナウンサー・田中みな実でした。
それでは最後の曲です。本作、そしてガルシア=マルケス本人に捧げます。クレア&リーズンズのアルバム「KR-51」より「湖」。

ARAGAST

ARAGAST

※文字起こしの「NAVERまとめ」あります。