「紙の月」



仕事帰りにレイトショーで「神の突き」…じゃなかった、「紙の月」。
自分も「桐島、部活やめるってよ」に衝撃を受けたクチで、吉田大八監督作なら観なければ!と思っていたが、先日放送のムービー・ウォッチメンでも高評価だったので、名画座にかかるまで待たずにすぐに行こうと。
世代的には宮沢りえアイドル全盛期にあたるのだが、特に思い入れがあるわけでもなく、なにげに彼女の主演作を観るのはこれが初めてかもしれない。
しかしこの作品を観て、宮沢りえの女優としての凄さを思い知った。素晴らしい演技。日本アカデミー賞とか受賞してもおかしくないのではないか。
実人生での様々な苦労や経験を肥やしにして、アイドル時代の天真爛漫な魅力とは違う、大人の女性の魅力を湛えていて、今の宮沢りえにしかできない役どころだったと思う。
幸薄そうな痩けた頬、無自覚だが決意を込めた強い瞳、複雑な感情を細かく表現できている、その表情がいちいち美しい。
セリフに頼らずに関係性を分からせる、吉田監督の演出も見事で、ストーリーの地味な展開の部分も退屈せずに観ていられた。
個人的にはスローモーションを多用する演出はあまり好きではないのだが、流れがスムーズなのとメリハリが効いているので、あまり気にならなかった。
ただ、ストーリーとしては、銀行で契約社員として働く、宮沢りえ演じる主人公が年下の大学生との不倫に溺れ、預金者のお金を着服したことから、横領に手を染めていく…という、シンプルで現実味のある話なので、丁寧に演出を積み重ねて日常から転落していく主人公の様子がしっかり描かれてはいたが、観ていて「面白いけど、まだこのままじゃ想定の範囲内だぞ。」と、もどかしい思いも抱えていた。
しかし、溜めて溜めて…クライマックス、ドーン!という吉田監督の得意技が、今回の作品でもしっかりハマっていて、そのクライマックスの瞬間は、まさに想定外で「えっ!」と声を上げそうになるくらいの意外性があったので、それだけでもう5億点。
冒頭の女子学生の賛美歌の合唱とかは、原作小説から吉田監督が改変した部分だと思うのだが、「桐島〜」のクライマックスの吹奏楽のシーンも思い出され、それが終盤で繋がってくるあたりの構成も見事。
現実に起こりうる事件を基にしているわりには、リアルの追求という点では物足りないという意見もあるかもしれないが、吉田監督のエグ味はないが完成度は高いという特長は、むしろ興行的にはプラスに働いていると思われ、今後もどんどんオファーがくるだろう。
日本映画のヒットメーカーとしての地位も確立したのではないだろうか。吉田大八監督の今後の作品、そして宮沢りえの主演作がますます楽しみになってきた。

紙の月 (ハルキ文庫)

紙の月 (ハルキ文庫)

「パーマネント野ばら」以前の吉田大八監督作をまだ観ていなかったので、DVDで「クヒオ大佐」も観た。
これもまた傑作。
撮る毎により完成度を高めていっている印象もあったが、この「クヒオ大佐」が一番好きだと言う人がいてもおかしくないと思う。
コミカルだがせつなさもある、愛すべき作品。