「メロウな季節のせつなさについて。」

「粋な夜電波」第215回放送は、音楽プロデューサーの松尾〈KC〉潔さんがゲスト。
以前ゲストに来られた時も、ブラックミュージックに精通する松尾さんと大いにトークが盛り上がりましたが、今回は御著書のPRということもあって、音楽ライターとしての松尾さんのお話がたくさん聞けました。
松尾潔のメロウな季節」の中で取り上げたアーティストたちが活躍した、R&B全盛期の「終わりの始まり」について語られた部分を文字起こししてみました。

菊地 まあ、だから文章もね…ホントに本の宣伝…とにかく一冊でも多く読まれたいという気持ちはありますね。この時代に…
松尾 自分で言いづらいことを菊地さんに言っていただくってのは、ほんとに気持ちいいですね。
菊地 で、強調したいのは「せつなさ」ですよね。
松尾 (笑)。
菊地 何かその…ワタシ、あまりにその論旨を強調するために、少しバイアスがかかったかな?とも思うんですけど、全体に「ある時代の終わり」っていうか…
松尾 そうですね。
菊地 うん。いろんな音産も含めて、R&Bっていうものの消費のされ方…。ま…例えば、ある女の子がいて、普通のOLさんで、特別何かが秀でているわけでも何かが劣っているわけでもなくフツーの女の子が、生きてく上で何曲R&Bの曲が必要だろう?って考えた時に、15曲でいいんじゃないかな?っていう…。
松尾 それほども要らないかもしれないですね。
菊地 要らないですよね。ヘタしたら5曲で足りるわけ。
松尾 うーん。
菊地 だから…そういう世にですね、日々R&Bが量産されていく…
松尾 ほんっとにね。
菊地 っていう世の中てのが、どうなっていくんだろう?って事に対する、何かその…非常にスイートでメルティンメロウな感じなんだけれども…
松尾 はい。
菊地 ひとつのその…喪の作業っていうか…
松尾 なるほど。
菊地 …のを感じましたね、この本からは。
松尾 あのね、ひとつね…
菊地 はい。
松尾 真面目に音楽ジャーナリズム的な話をすると、僕がこれ書いた時の…
菊地 はい。
松尾 書いた時っていうか、ここで書いているアーティストの、書かれている情景ってのは、だいたい90年代半ば〜後半…かな?…それぐらいが多いんですけど。
菊地 はい。今、日本が一番戻りたい時…とこですよね。
松尾 かもしれない。かもしれないです。
菊地 うん。
松尾 それは…ミックステープ文化が、正規のアルバムを食っちゃっていく…ぐらいの転換期なんですよ。
菊地 そうですね。
松尾 御存知のように、ヒップホップのカルチャーからミックステープってのは始まったんだけど…
菊地 はい、もちろん。
松尾 それが歌モノ…とかもどんどんミックステープの中に入り出して、R&Bが入って来て…
菊地 はい。
松尾 で、R&Bのアーティストとかもミックステープを作るようになったわけですよ。
菊地 そうですね。
松尾 R・ケリーのような大物が…
菊地 そうですね(笑)。
松尾 正規のアルバムと別に。
菊地 別に。はい。
松尾 で、正規のアルバムを出すっていうのは、そりゃあもう…音楽産業の中で、巨大なセールスを見込んで…
菊地 そうですね。
松尾 一個一個、新しい会社を設立するぐらいのつもりでやってたわけですよね。
菊地 そうです、そうです。はいはい。
松尾 「スリラー」なんてその最たるもんですけども。
菊地 上場企業ですね。
松尾 そういうことです。
菊地 はい。
松尾 で、その時は当然…会社の立ち上げってことで、いろんな人が動いたりするんだけど…ミックステープになったら、ずいぶん身軽になっちゃったでしょ。
菊地 そうですね。
松尾 だから…潤う人の数も減ったんですよ。
菊地 ああ〜。
松尾 突出したリッチマンが出るんだけども…
菊地 そうですよね。ああ、はいはいはい…それはまさに今ヒップホップも同じですよね。
松尾 ほんとそうです。
菊地 まったく同じです。
松尾 で、僕のはまだ…ひとつアルバムを出す時に、いろんな人達が、それぞれが皆リッチを目指して集ってた…その終わりの始まりの頃なんで…
菊地 はいはいはい。
松尾 当時僕も気付いてなかったけれども、音楽産業の変化って、さっきちょっと大雑把な言い方しましたけども、ドラスティックに変わって行く、古き良きパッケージ文化の終わりの始まりを書いているから、どうしても切なくなっちゃう…エピソード0みたいなもんなんですよね。
菊地 そうですよね。だから、この…ま、ワタシはジャズミュージシャンですし、出も育ちもナスティなんで、何でもどうにでもなると思ってるんですけど(笑)…
松尾 (笑)。
菊地 やっぱあの…リュクスであるっていうことが一種のミッション化されているR&Bの世界っていうのが…
松尾 うん。
菊地 今後その…例えば「アンダーグラウンドR&B」とかになってきちゃって…
松尾 ほんとそうですよね〜。
菊地 …ですよね。うん…どうなっていくのかな?っていうのを、まあ…誰に訊くでもなく、とにかく…たまに松尾さんに会って訊こう…と、思ってるだけなんですけど(笑)。
松尾 確かにその…R&Bの弟であるはずのヒップホップの美学が、お兄ちゃんを今、感化しちゃって…
菊地 そうですね。
松尾 ファンタジーを描いていたR&Bに物足りなかった若い子達が、リアルって…ね。
菊地 はい。
松尾 リアルで、アンダーグラウンドで、ハードコアな…ヒップホップをやろうとしてたのに…
菊地 はい。
松尾 その美学をR&B…がやんないと、R&B生き残れないみたいになってきちゃって。
菊地 はいはいはい。
松尾 デヴィ夫人でもユニクロを身に付けちゃう…みたいなね。
菊地 うーん。
松尾 ちょっと今ごめんなさい。喩え話失敗しました?
菊地 (笑)。
松尾 ま、けど…そういうことですよ。
菊地 わかりますよ。でも、捻れは同じ…捻れっちゅうのはやっぱ相互的に捻れているわけで…
松尾 ええ、ええ。
菊地 オーバーグラウンドのヒップホップも、もうリアル捨ててますよね。
松尾 確かに。
菊地 要するに、もう…ビヨンセのツアー観たら、「クレイジー・ホース」が元ネタで…
松尾 うん、うん、うん(笑)。
菊地 まあ…今日ネタにしようと思って持って来たものがいくらかあるんですけど。
松尾 あ、そうですか。
菊地 とりあえず1曲いきましょうか。
松尾 いきますか。はい。
菊地 えーと…例えばですけど、こういった物を松尾さんは聴いておられますか?…というような感じなんですけども。
松尾 何ですか?
菊地 「Zo!」。
松尾 あ、聴いてますよ。「フォーリン・エクスチェンジ」一派ね。
菊地 そうそうそう。あー、やっぱ聴いてますね。
松尾 はい。自分のラジオではあんまりかけませんけども、個人的に聴いております。
菊地 あー、なるほど(笑)。
松尾 (笑)。
菊地 「ManMade」というアルバムが出まして、5拍子の…何て言うかな?…ハウスとは言わないけど、ま…5拍子のこういった音楽は珍しいです。「Count To Five」という曲がクラブで話題になっております。「Zo!」の「ManMade」より「Count To Five」ですね。