「アフリカからディアンジェロまで。」

「粋な夜電波」第232回放送は、久々の音楽講座。
D'Angeloの傑作アルバム「Black Messiah」が、今後のブラックミュージックのトレンドを大きく変えることになる一枚になるかもしれないと言われている…そのことについて詳しく解説された、充実の内容でした。
解説の一部を文字起こししてみました。

ブラック・メサイア

ブラック・メサイア

はい、「菊地成孔の粋な夜電波」。たまには通算回数でも見てみましょうか…通算第232回でございますけど(笑)…そんなにやってんだ。
本日は、まあ…何ていうんですか…音楽教養特集ということで、「アフリカからディアンジェロまで。ブラックミュージックを語るには、クラブの中にいるだけでは不十分だ」というタイトルで。ま、ま…別にクラブで音楽聞いてる人をディスってるわけじゃないんですけど、「もっといろいろ聞くと分かりますよ。」っていう話なんですね。
(中略。「刑務所の労働歌」を聞いて。)
…もっと言うと、もうそろそろお気付きの方もいると思うんですけど、ここにはブルースミュージックの萌芽があるんですよね。
ブルースっていう現象自体は、20世紀最大のインフルエンスなんですよね。20世紀のポピュラーミュージックの中で、どんなに爽やかな…あのカーペンターズでさえ、ブルースの遺伝子が全く入っていないヒット曲ってのは1曲もないんで。
20世紀ってのは、あと21世紀から…あるいは19世紀から俯瞰した時に、「20世紀の大衆音楽とは?」と訊かれたら、「北米発でブルーノートっていう病気が蔓延した百年間だった。」って言い方ができると思うんですね。
そのブルーノートってのは、調性を根本から解体して…かといってメチャクチャに壊すとかじゃないのね。現代音楽みたいに…あれはコンセプトで壊してるから。先週か先々週か…ピアノをバコンバコン!…とかああいうのじゃなくて。なんかこう…普通の歌の中に入り込んで、調性をおかしくして、しかも多調性・無調整の扉を開いてるんですよね。それがブルースなの。
だから勉強するのが、すごい大変なんですよ。現代音楽みたいに何でも使っていいっていうものの勉強は…簡単だとは言いませんけども、ブルーノートをちゃんとこう…大衆的な支持があるっていう前提で勉強するほうが、ずっと難しいの。ま…ワタシの仕事ですけどね、それを学生に教えるのが。
(中略)

このように…何が言いたいかっていうと、ブラックミュージックを評価する時に、コーラスを評価するっつった時に…
例えばドゥーワップね、山下達郎さんとかがやる…一人でいっぱい重ねたりして「すごいなぁ〜。」、ゴスペラーズさんとかね。ま…邦楽ばっかりになっちゃいましたけど、何でもいい…アース・ウインド&ファイアーでもいいですし、スタイリスティックスでもいいんですけど。「コーラス、やべぇなぁ〜。」さっき、それこそプリンスですよね。「コーラスやべぇ!」と思うことがあっても、なんかそれはこう…音楽の本質にのっかった…美味しいけど、ショートケーキの苺みたいなもんで、それはギフトであって、それが本質を意味してるっていうふうに…あんま捉えられないですよね。
やっぱりリズム、グルーヴ、歌の節回し、いろんなこと…そっちのほうに行きがちでしょ。
なので、和声があんまりクローズアップされないんだけど、ディアンジェロが我々に示した事は、和声がアフリカまで戻るかも…っていうことだと、ワタシ思うんですよ。それがディアンジェロの天才っていうかね、あんま考えてなくやってると思うんですけど(笑)。
ひょっとすると、このディアンジェロの射程距離ってのが、ここ十数年のR&Bの状況とかじゃなくて、もうアフリカから掬い上げてるってところに…それこそ「Black Messiah」ってタイトルがね…作為的なのかもう天然なのかギリギリですけどね。まだワタシ、ディアンジェロがどんな人なのかって、ちょっとわかんないまま音楽に圧倒されてますけども。
ワタシがね…アフリカン・ハーモニー的なもの…つまり西洋的なハーモニー、ヨーロピアン・ハーモニーが大衆音楽の中にきれいに入ってくっていう、その極点ってのが、絶対ザ・ビートルズなんですけど、聞いてみます?
ワタシは…ビートルズのあらゆるハーモニー・ワークの中で、一番これがすごいなって思ってるのが、この曲なんですよね。「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」…もう天下の名盤ですよね(笑)。「ローリング・ストーン」誌が選ぶ20世紀の…確かベスト1ですよ。その中の4曲目に入ってる「ゲッティング・ベター」のコーラスは、やっぱほんとすごいと思うんですけど。
(曲)

はいはいはい…今一瞬横道逸れましたけど。これが…あのね、ビートルズビートルズでヤバくて…。「ビートルズビートルズでヤバくて…」って、どんな音楽番組のパーソナリティだと(笑)…ヤバいに決まってるんですけど。
ビートルズのどこがヤバいかっていうと、ビートルズはいちおう無教養…無学なんで…無学なのにかかわらず、相当クラシックの芯食ってるんですよ。ポール・マッカートニーは。対位法もできますし、和声法もできてます、完全に。
それと、彼ら全員が持ってるグルーヴと、あとブルース感覚ですよね。ブルースとクラシックは相容れないものなんですけど、この二つをですね…何っつったらいいんですかね…こう…キメラにくっ付けて、見事に昇華…アウフヘーベンさせたっていう意味も、ザ・ビートルズの業績として大きいと思います。それだけじゃないんだけどね。もうビートルズは文化的なモンスターだから、どこが凄いって言ったらキリがないんだけど、音楽的にいうと、クラシックの手法とブルースを無理なく結び付けた…この業績は他の追従を許さないですよね。
ローリング・ストーンズさんが悪ぃとは決して言いませんけども、ローリング・ストーンズさんのやり方と全然違います。やり方が。ローリング・ストーンズさんのブルースのクオリティと、ローリング・ストーンズさんの…それはあんま無いんですけど…クラシックのクオリティ、それはどっちもクオリティだけ比べればね、ビートルズと…相手になんないんですよ。ただ、ローリング・ストーンズさんにはローリング・ストーンズさんの、まったく違う業績があるんで(笑)…それでいまだに仲良く活動されて、お元気で活動されて…素晴らしいと思うんですけど。
わー…もうこの時間で、無理なんですけど〜。
(中略)
今日お話したかった事は…アフリカが実はすごくハモる国だってことなんですよね、とにかくね。
そのハモりってのは、当たり前ですけどバッハのハモり、バッハから流れてきたビートルズのハモり…とさらにそっから流れて現代まで続いているポップミュージックのハモり…を、ひょっとすると逸脱する可能性を持ってんの。それをファンカデリックと「Black Messiah」…ディアンジェロは見せかけたと思うんですよね。どこまで行くかはわかんないですけど。
まだこれリズムの話なんかしだしたらキリがないよね。やっぱ音楽を学問みたいにやろうと思ったら、1時間はやっぱ無理ですよね。
実はバンドのほうが…演奏のほうがマシーンじゃなくてバンドになってくって流れも、これは「Black Messiah」の一番大きなところで。で、さらにこれ最初に言った、「ヘタウマ」でも「ウマヘタ」でもなくて、上手い人が下手に演って上手く聞こえる…「ウマヘタウマ」っていう状況で、なかなか日本人にはできないと思うんですよねえ。上手い人がルーズにやってみせることはできるんですけど、だいたいそれ単なるルーズな演奏に聞こえるんで。そこがまとまって聞こえるってところはヤバいですし、やっぱここもなんかアフロ・アメリカンの人の独特なものがあるね。
他にもね、山ほど関連音源持って来たんですけど、全然かけられませんでした(笑)。

アート・オフィシャル・エイジ

アート・オフィシャル・エイジ

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド

サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド