「2016年もいい気分で。」

「粋な夜電波」第241回放送は、年明けて最初の収録。
2015年に聞いた中からベストと思われたアルバムを紹介。番組後半のトークの一部を文字起こししてみました。
「今年もみなさんに『いい気分』になっていただく。」という所信表明のような言葉が心強くもありがたいです。
これからもこの番組が長く続いてくれることを願ってやみません。

Lighthouse

Lighthouse

ま…怖い小説ですよ。「せまりくる足音」ね。はい。
とまあ…そういうメールをご紹介した後に…
番組で紹介した、ま…昨年になりますね…2015年のベストというのを、ほんとにガチじゃなくてパパッと思い付いた…ていうか、もっと簡単に言うと、ついこないだ当人たちに会って来たっていうのが大きいんですけど。ヴァルダン・オヴセピアンとタチアナ・パーハです。
この番組でね、えーと…ヴァルダン・オヴセピアンね、このアルバム「Lighthouse(ライトハウス)」と、「VOCE(ヴォーチェ)」というアルバムは、「金曜朗読ショー」に使ったこともあるし。「『金曜朗読ショー』って何よ?」って方もいらっしゃるかもしれないですけどね。田中みな実さんのTBS最後のほうの仕事のひとつだと思いますけども(笑)。
何回か使わせていただいたヴァルダン・オヴセピアンですね。左手が4拍子、右手が3連符の4拍子…要するにポリリズムが伴奏に対してじゃなくて一人で演奏できる、「ひとりMIDI」っていうかね。「ちょっとロボットみたいなとこがある人だな。」って思って、実際に会ってみたらロボットみたいな人でしたけれどもね(笑)。
来日公演があって、「LaTINa(ラティーナ)」って雑誌の方にお誘いがあって、この二人のデュエットを観に行ったんですよ。で、まあ…控え室で話したら、まあ…タチアナ・パーハのほうはね、すごいフレンドリーなお姉さんで。
「ええ!あなたジャズミュージシャンなの?…素敵〜!」…ガーッと抱きついてきて、「いつ演奏ある?いつ演奏ある?」っつって。「3日以内だったら、あたし行くから!…一緒に歌うから!」。もう怖いもの知らずっていうかね、あんだけ歌上手いと。残念ながら3日以内に無かったんでね。「10日後になります。」っつって。「あら、残念ねえ〜。」っつって、頬っぺたにキスしたりなんかして。タチアナ・パーハさん。
で、ヴァルダン・オヴセピアンさんは、ほんとに精密機械みたいなピアノ弾くんですけど、ほんとに精密機械みたいな人でしたけどね(笑)。
「Lighthouse」は厳密には2015年のアルバムではないんですが、2014年かな?…ま、ここ最近…あ、14年だ…ここ1〜2年で聴いた物の中でも、もうダントツで素晴らしい音楽なので、聞き逃した方もいらっしゃるでしょうから、もう一度紹介したいと思いますね。
アルバム「Lighthouse」、これは二人の…ヴォーカルとピアノのデュエットですけども「Chorinho for Tati」っていう…「ショリーノ」ってのは「ショーロ」ってジャンルがあって、それの変形ですけど。一番最後が聴きどころです。ひとつのテーマっていうかメロディを、ふたりでパスし合うんですよね。
「♪タッタラダブドゥブダバダバドゥディラバルブ〜…♫」っていうところが出てきたら、「あ、ここだ!」って思っていただきたいんですけれども。それを二人で崩し合うんですよね。それがね、すごく崩すの。普通のテクニックじゃ戻れなくなるよっていうぐらい崩して、戻るんですよね。ミュージシャンがびっくりしちゃうってやつです。エンディングに出てきます。
ほんとにね、戯れてるみたい。愛そのものっていうか、戯れですよね。戯れて、戯れて…それでどんどん崩れて行くんだけど、また元に戻って行くっていう。ほんとにもう感銘を受けますね。音楽がこんなに直接的に愛を表現することというのはね。ま、よくよく…都度都度あることですが、久しぶりに聴いたものであります。
番組でも一度オンエアした事があります。「Chorinho for Tati」を聞いて下さい。
(曲)

はい、もうほんっとに素晴らしいですね。今のエンディングの掛け合いね。
訊いたんですよ。「あの部分って譜面に書いて…ないですよね?」みたいな感じで。
ま、ワタシもちろんですけどポルトガル語なんかできませんから、周りにいるポルトガル語ができる、ね…ラテン音楽好きの女子みたいな人に頼んで訊いてもらったんですけど。
「いや、あれは即興でやったんだ。」と。確かに、どうやってずらしているかっていう、楽譜上の符割りはすごい明確なんですけどね。ただ、そんなことその場で出せるっていう…やっぱスキルがね、ポリリズムのスキリングが、やっぱほんと凄いですね。
しかもポリリズムのスキリングとかっていうのは、これ見よがしになりがちですけど、こういう柔らかくて素敵な感じで、もの凄い技術があるっていうことも、音楽のひとつの豊かさですよね。

Like Nice

Like Nice

(中略)
まあ、今…人々は泣きたいか怒りたいかの世の中ですからね(笑)。
間とって、ちょうど良くいきましょうよ…と思うんですけど。泣くか怒るかですよね、こないだもねえ…
ある街っていうかある地区のあるファミリーレストランでトイレ行ったら、それこそですね…最近やってないですけどロレックスのすごい高い時計と、あとプラダのものすごい高い財布が、手洗い場にバン!って置いてあったんですよ。
まあ、よくある…年末に近かったんで、酔っ払って…高いもんね、手洗うじゃないですか、で…そのまま忘れた…大損害でしょ、それ。
で、これは…なんだ?…ま、人の道としてですね、ま…かっ払っちゃってもいいんですけど(笑)。かっ払わずにですね、キャッシャーに持ってって。もう「こんなヤバい物ありましたよ。」みたいな感じで。
こう…キャッシャーに持ってこうとして、片手にロレックス、片手にプラダ持って…トイレの出口からキャッシャーに向かってく最中に、青い顔した奴が飛び込んで来たの。
感謝されると思うじゃないですか。
いきなり怒鳴りつけられましたからね。その…盗もうとしてるんだと思われて。
盗むわけないじゃん!(笑)…盗む人がこんな持って(笑)…盗むんだったら鞄の中入れたり、もう最悪パンツの中に隠したりして、知らぬフリして口笛吹いて席に戻るはずですよね。両手でこうやって持って、ビローンって出して、「店員さん、店員さん!」ってやりながら歩いてんのに、ガバーッ!って「テメエ、んなろー!」ってなったんで。
「わー、もう…殺気立ってんな〜。こういう物持ってるってことはお金持ちだ〜。」って思ったんですけど。「まあまあまあ…」っつって、店員さんにも説明してもらって、その後ペコペコしだしてね。事無きを得たわけですけれども。「いや、それは失礼しました。」みたいになって。ま、酔っ払ってたせいもあるんだけど。
ただもう…ほんとにね、刺々しくなっちゃって。仕方無いとは思います、ほんとに。
まあ、そんな感じで…「いい気分にさせる」っつー事を、今年もいい気分になっていただく、と。
「生きててよかったな。」っていうことから、上は。下は、「音楽ってなんか…意外といいね。」っていうぐらいでも、もう充分ですので。
いい気分になっていただければ…と思い、番組を今年も一所懸命やらしていただきますんで、よろしくお願いします。
昨年のベストということでやってきました。ま…ガチガチのベストではありませんで、例えばその…ディアンジェロだとかケンドリック・ラマーだとか、ああいうのに比べると、「この番組でオンエアして…ポチッてね…買っていただいて1枚でも多くの方の手元にこれが届けば…。」と思わせたアルバム、セルソ・フォンセカ会心のアルバムですね。
90年代ボサノヴァを代表すると言われた「スローモーション・ボサノヴァ」。素晴らしいタイトルだと思いますけれども。
そこから早20年近くですか。すっかり老境に入ったセルソ・フォンセカのアルバムのタイトルが「Like Nice」っていうね。誰でもわかる英語にしたっていう、これはほんとに感動的な事で。
「ゲッツ・ジルベルト」ですか…ま、色々悪い思い出も、ブラジル音楽マニアの方にはあるかもしれない、あのアルバムですけれども、あれが無かったら世界中にボサノヴァ広がんなかったわけですから
セルソ・フォンセカの、あの時代にかける…ね、半分がポルトガル語、半分が英語っていう…ちょっとね。結局さっきのね、ヴァルダン・オヴセピアン&タチアナ・パーハも…ヴァルダン・オヴセピアンは違いますけど、タチアナ・パーハはブラジル人ですから。
ま、どこまで行っても…やっぱりアントニオ・カルロス・ジョビンっていう、お釈迦様の手のひらからは逃げられないんだな…って感じはしますけど。ま、それもいいじゃないですか…ね。
お釈迦様の手のひらから飛び出したところで、何があるわけじゃなし。そん中で楽しく…
まあ…我々だって(笑)…こないだPIT INNの50周年なんてやったばっかりですけど、まだまだ全員、チャーリー・パーカーっていうお釈迦様の手の中、ジョン・コルトレーンっていうお釈迦様の手の中に、みんないるんだな…って事を、ほんとに痛感しましたよね。
ま、そんでいいと思います、もう。それは一種の信仰…だと思いますけども。
はい、というわけで…今日がね、実質上の初回ということで、その最後の曲であります。
セルソ・フォンセカの「Like Nice」から、実のところ先週もチラッと…DJ中に挿ませていただきましたけども、番組で紹介するのはね、3曲目になります。
もう全曲全部同じクオリティなんで。A5和牛ですよ(笑)…その中からトモサンカク…数十グラムしか取れないのを、ちょっとずつ出してるだけなんで。全身食べられますから。13曲全部、是非聴いていただきたいんですが。
番組で紹介する…3曲目になります。英語のほうです。「Stormy」…「嵐のような」ってことですかね。はい、…を聞いてお別れしたいと思います。
菊地成孔の粋な夜電波」、それではまた来週、金曜の深夜零時にお会いしましょう。来週もフリースタイルを続けさせていただきます。お相手は菊地成孔でした。ありがとうございました。

ゲッツ/ジルベルト+50

ゲッツ/ジルベルト+50