「新宿でアマチュア扱い。」

「粋な夜電波」第287回放送はフリースタイル。
毎年恒例、新宿花園神社の酉の市での商売繁盛祈願と時の面白話など、メールも読みながら近況を語る、リラックスした回になりました。
番組冒頭の、新宿の家電量販店でのWBO話をされた部分を文字起こししてみました。

クローク

クローク

はい、「菊地成孔の粋な夜電波」。ジャズミュージシャンの、そしてですね…
こないだですね…ラップの練習をするのに、ま…先週なんかもね、韓国ヒップホップの特集でしたけども。
ラップの練習…ていうか、自分で作ったラップの歌詞を覚えるのってのは、歌を覚えるのと全然違う脳の働きなんですよね。
メロディがあって、そこに歌詞がのってるってのは、まあ…ノートに書いて諳んじてる間に覚えちゃうんですけど。
やっぱラップは文字数が多いのと、フロウっていって…その文字数をどういうリズムで収めるのかっていうのが、ただ単に紙に書いて諳んじてるだけでは覚えられないんで。
じゃあどうすればいいかっていうと、ま…レコーディングして、本番じゃないですよ、仮のレコーディングをちょっとした機材でして、それを何回も何回も聞いて、普通にヒップホップのアルバムを聞いてラッパーのラップを覚えるようにして、自分のラップを覚えるっていうふうにしないと覚えられないんで。
ただ、まあ…50歳でデビューしまして、まだ3年目の新人ラッパーですから(笑)、機材を持ってなかったんですよね。
ジャズミュージシャンとしては、全然そんな…自分の演奏とかを小さいレコーダーでレコーディングして、家で繰り返して聞く…なんて人は、ジャズミュージシャンでは一人もいないんで。もちろんワタシも持ってなかったんです。ですけど、もうラッパーとして必要だなって思ってですね(笑)。
ま…新宿に住んでますんで、ヤマダ電機さんに行ってきたんですよね。それを買いに行ったんです。
そしたら…フロアに人が一人もいなくて(笑)。人っていうか、お客様が…厳密には数人…
すごいデカいヤマダ電機があるんですよ。南口の角のとこ…厳密には西口になりますけど、ルミネの…いわゆるルミネ角って言われてるとこね、ルミネ角って言われてる所に…だから口的には南口なんですけど西口エリアになってるんですよね。
新宿西口は「新宿の秋葉原」って言われてて、とにかくデカいヤマダ電機があって、フロアがものすごい…体育館みたいに広いのね。ま、それがヤマダ電機さんの売りですけどね。端の方に大陸からだと思しき方々がちょっといらっしゃったぐらいで、列島からの客人はワタシだけだったんですよね(笑)。
小さなハンディな録音機ってのを、とにかく買った事が無かったんで、「どれにしようかな?」って買いあぐねて…選びあぐねていたところ、胸に「親切係」…「親切」って書いた方がやって来たんですよね。
「親切」はね、おそらく半島でも大陸でも列島でも、みんな読めるんですよ。ちなみにハングルだと「親切」は「チンチョル」って言うんですけど(笑)。そのまま読めるんですよ。
韓国語がハングル文字だけだと思ってる方いらっしゃるかもしれないですけど、漢字も当然…韓国語使いますから。ま、読めない若い方が増えてるみたいですけどね。
「親切」は「チンチョル」ですけども。まあ…おそらく大陸でも、なんか読み方があるんでしょうね。で、そういうのは「親切」って書いておけば、意味がわかるんだと思うんですよ。案内係って。
しかもその下に、上からシールでベタッて「笑顔」って貼ってあってですね(笑)。その人笑ってんの、やっぱり。貼ってあるだけあって。
「笑顔」って胸にシールでかでかと貼って、仏頂面してたら相当ヤバいですけど。まあ…貼ってあるんですよ、「笑顔」って。当然「笑顔」の人だからニコニコしてるわけ。
逆に言うと、その「親切係」…「チンチョル」の「笑顔」の方以外は、結構暗い顔されて接客されてるんですよね(笑)。
だから「私は笑う」ってことか。昔の共産圏みたいだなって思って。
昔は共産主義の国…旧ソ連とかね。ワタシもギリギリで間に合ったくちですけど、旧ソ連ソビエト連邦東ドイツなんかね。直接行った事あるのはその2つだけですけど。
笑うってのは労働として…何て言うんですかね、ひとつの労働力として賃金が発生するわけなのね。
マクドナルドでちょっと前に…中途半端な昔話ですけど、「スマイル0円」ってのがあって、みんな「何だ、アレ?」みたいな感じですけど、「スマイル0円」ってのは日本では当たり前じゃないですか。当たり前のことですよね、我々が接客する時にニコッとするのは。
だけど共産圏では、ニコッとするのは賃金に値するので(笑)…普通の人は笑わないんですよね。
「とうとう日本もそういうふうになったか!」…って思って(笑)。
コミュニストとしては喜ぶべきかな?」って、全然コミュニストでもなんでもないんですけど。「ドミュニスト」ですけどね(笑)。
まあ、それで…選んでたんですよ。で、もうすごい親切な笑顔の方がやって来て、
「あ、こちら…レコーダーをお求め…マイクロレコーダーをお求めですね。」
「はい。ちょっと、あの…」っつったら、
「あれですねえ…プロの方なんかに話を伺う事があったんですけど…」(笑)。
「…プロのミュージシャンの方に話なんか伺うと、ローランドは原音再生率が高く、ヤマハは高音の伸びと分離が良くてですね。私なんかもこの仕事柄、このフロア任されてるんで、プロのミュージシャンの方に意見を聞いたんですけど…」(笑)。
マチュア扱いされた、菊地成孔(笑)…お送りしております。
仕方なし!っていうかね。ここら辺の度合いですよね。
ワタシね、この商売をやろうって決めたのは比較的遅いほうで、ガキの頃から「音楽家になるんだ!」って思ってやってきたほうじゃないんで。
ま、ぶっちゃけ二十歳過ぎてからですよね。そこそこ大人になってから、なし崩し的にこの業界入ったんで。特に青雲の志で、燃えて入ったわけじゃないんですけど。
とはいえ、一個だけ決めてる事…心に決めてた事があって
ま…「そんな事心に決めてどうするのよ?」っていう話ではあるんですけど、「有名になり過ぎて外に気軽に歩けなくなるようには絶対なるまい!」って思ったんですよ。
ま…今から考えれば「『なるまい』じゃなくて『なれない』の間違いでしょ?」っていう話なんですけど(笑)。
「なるまい!」って決めたの。二十歳の時に。「あの生活は苦しそうだ。」って思って。
「もっと気楽に伊勢丹とかふらっと行って、騒ぎにならない人になりたいな。そのぐらいにしとこう!」って思ったんですよね、ええ。
その思いが強過ぎましたね、ちょっとね(笑)。最初のね…心に決めた事が。
まあ…そうですね、管楽器屋さん…サキソフォンとかね、管楽器屋さん行くと、だいたい東京じゃなくて地方でも100パー捕まっちゃいますけど。一番早くて入店時ね。一番遅くて、お金払って帰る時に「菊地さんですよね?」って言われるっていう…ほぼ100%なんですけど。管楽器屋以外行くとね…
ま、レコ屋も最近は東京だとね、レコ屋も特に新宿だとバレバレですんで。新宿はダメですね、もう。でも、さっきのヤマダ電機…新宿ですからね(笑)。
新宿とはいえヤマダ電機の…小さいレコーダー買いに行くと、アマチュア扱いされるっていうところにですね(笑)…なんか味わいのある秋、そして冬の到来だな…と思った、菊地成孔が(笑)…TBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。
えーと…2曲目いきましょう(笑)。