土曜28時に放送時間が変更された、TBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」シーズン14、枠移動の初回。
先日起きてしまった悲劇、ラスベガス銃乱射事件の追悼回となりました。
番組冒頭のメッセージを文字起こししてみました。
(基本的にはオンエアにのったフリートークを聞き書きすることにしており、原稿が用意されているものは文字起こししないようにしているのですが、今回の放送が感動的だったので、あえて書き起こしてみました。以下の内容が文章の転載にあたり、著作権侵害に抵触する場合は、速やかに削除いたします。)

- 作者: 菊地成孔,TBSラジオ
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ヤァ、ラジオの前の皆さん。御機嫌はいかが?
僕はまだこの時間に慣れてない。ジャングルにでもいる感じだ。
番組を6年半続けたら、いきなりこの時間帯に投下された。
「菊地成孔の粋な夜電波」といいます。
今日が初回だから、この時間帯のお客さんに初対面の挨拶をしろってスタッフは言うけど、そんな事は「毎週聞いてくれさえすれば」だけど、自ずと分かるだろう。
この番組には、いわゆる構成作家さんがいない。「ビッグカンパニーのメジャーでは」とするが、世界でもいまや珍しい、パーソナリティが選曲から構成まで全部やるスタイルなんで、毎週どんな内容になるのかは僕が決めている。
今日も決めてきたんだ。
最初に説明してしまうから、興味のある人だけが聞いてくれればいい。
そうそう…月並み過ぎるけど、「おはよう」の方も、「おやすみなさい」の方も。
そして、悪夢にうなされて、ちょうど今起きてしまった人。あなたの部屋で偶然ラジオが鳴っていたら、まずは冷蔵庫をそっと開けて、その光と匂いを顔に当てながら聞いてほしい。あなたはきっと喉が渇いているから、何を飲むかすぐ判断できるだろう。
今日流す音楽は、きっとそれに合うよ。
そして悪夢は精神衛生上、いい事だ。その事がすぐに分かるはずだ。
深夜帯に移った初回にふさわしいのかどうかわからないが、今日は追悼番組をすることにした。
誰の追悼かって?
まずはジョン・レノンだが、最終的には100人ぐらいになるかもしれない。
「ぐらいになるかもしれない」というのは不謹慎だ。今まだ病院で闘っている人がいるのだから。
ジョン・レノンがマーク・チャップマンに射殺された時、僕は17歳だった。
まだSNSどころかPCすらなかったその時代に、僕は今の自分のそれよりもはるかに高い検索能力を使って、犯人であるチャップマンの発言やバイオグラフを徹底的に調べ上げた。
その結果わかった事は、小さい事がひとつだけだったが、とても重要な事だった。
チャップマンはジョンの音楽について、一切発言していない。
「熱狂的なファン説」というのもあったが、あれはストーキングにフェティッシュがある変態が流したガセだ。
チャップマンは「ライ麦畑でつかまえて」の話しかしていない。
すごく簡単に言ってしまえば、彼は音楽を聴いていない。彼が愛したのは文学だ。
誰でも毎日服を着て、食事を摂る。音楽だって、ほとんどの人が毎日聴いている。
だから、漠然と誰もが食事や酒、服や音楽を、生きるのに欠かせないものとして…ま、好きなのだと、僕らは考えがちだ。
だけど、本当に服を愛している人も、服なんてどうでもいい人もいる。食事もそうだし、音楽だってそうだ。
誰だって音楽は嫌でも聞いて暮らす。
しかし、音楽を芯から食って愛している人も、何か別の重要な事の伴奏かなんかだと思っている人も、うるさくて嫌いだと思っている人だっているはずだ。
音楽を愛して、聴きながらウットリしている人々を見て、「殺したい。」と思っている人も。
チャップマンは文学を愛していた。ギターを教え、ギター漫談で食っていたこともあったが、音楽なんか好きじゃなかった。
犯行当日も「ライ麦畑〜」を読んでいたし、同じ小説の崇拝者と結婚して、いまだに結婚生活を送っているのだ。二人は「ジョン・レノン射殺事件」前から結婚していた。
なんて文学的な人生だろう。音楽的な人生とは、とても言えない。
この極端な事件が、逆にストッパーになったのかもしれない。
20世紀においては、音楽のフェスやスタジアムライブが、テロの標的になった事は無かった。
爆発物にしろ銃の乱射にしろ、それは空港や駅、オリンピック村や観光地や、普通の市街地で行われた。
20年代のシカゴ・マフィアの時のような特別な時代を除けば。
音楽が鳴っていて、人々がそこで踊ったり楽しんでいたりする場では、人殺しは起こらない。
少なくてもテロの標的としては。
リオのカーニヴァルでギャングが人を殺すのは、騒ぎのどさくさに紛れているだけのことだ。
音楽は空気の振動によって人体に直接愛のヴァイヴスを送り、それが感知できる人にとっては、最高の幸福が保証される。
愛が物質として得られるのだから。イメージではなく、直接ね。
これに一番近いのはセックスだろう。セックスより音楽のほうが僅差でいいけどね。個人的には。
いずれにせよ、テロの格好の場のはずなのに、テロリストはそこに入れなかった。
僕は有神論者だ。造物主は絶対にいる。そして沈黙のもとに、あらゆる御心と御技を行使しているのだ。
それでも僕は怖かった。
神の加護を感じる者は、その結界を突き破る悪魔の存在に怯えざるをえない。
僕はフェスでもクラブでもテロが起きないまま40代を終えた。そして50代を迎え、53になったら、いきなりフロリダであれが起きた。
オーランドのゲイナイトクラブで、男が自動小銃を乱射した後、店内に立てこもった。
男は特殊部隊に射殺されたものの、50人が死亡し、53人が負傷した。
これは銃乱射事件の被害としては、アメリカの犯罪史上最悪…これは当時の話だが…となったが、それより僕が怖れたのは、犯人が踊っているゲイの人たちに向けて、バスドラムの音に合わせて面白がって引き金を引いた…という事実だ。
とうとう来たのだ。ウッドストックで完成したかもしれない結界が破れ、戦争が始まったのである。
僕は事を重く見て、この番組で追悼特番を組んだ。
音に合わせて引き金を引かれたから、撃たれている事に気がつかない被害者もいた…という、耳を覆いたくなるような報道を、僕は…大袈裟でなく…震えながら聞いていた。怒りと恐怖と、そして殺意に満ちて。
つまりそれは、過不足のないテロの効果である。「オマエもテロリストになれ。」という。
一度破れた結界には、どんどん敵が入ってくる。
今年の5月には、英国のマンチェスター・アリーナで、あらんことか…あのアリアナ・グランデのコンサート会場で爆発物が爆発した。23名死亡。彼女のコンサートである。被害者には当然子供も多く含まれていた。
この事件は様々な要因から、宗教テロに分類されつつある。
しかし、僕に言わせれば「それはその通りかもしれないが、別の意味で、さらにその通りなのである。」
つまりそれは…音楽を愛さぬ者が、音楽を愛し、祈りを捧げながら宗教活動をしている現場を襲撃する、明らかな宗教テロである。
この段階で一度明言させてもらいたい。
音楽を愛する者は音楽を愛する者を殺さない。
ましてや、愛の行為の最中には。
あのナチス・ドイツですら、ガス室で大量虐殺の日々の中、ユダヤ人の演奏家は殺さずに、クラシック音楽を演奏させた。
僕は「音楽を愛する者なら全員善人である」などという牧歌は歌わない。
ただ、中途半端にでなく、本当にセックスの素晴らしさを知っている者は、寝取られた現場を見て、そこでパートナーが本当に心からセックスを楽しんでいるのを見たら、悲しみ、もがき苦しむかもしれないが、殺すことは出来ないだろう。
同じ宗派なのだから。というか、一緒にやってしまえばいい。セックスは何人とだってできる。音楽と一緒だ。
僕は齢54にして、結界が破れ、戦いが始まったことを目の当たりにした。
音楽と戦争とスポーツは、実はアナロジー関係で結ぶ事ができる、仲の悪い兄弟のようなものだ。
そしてつい先日、僕をあざ笑うかのようにして、ベガスであの事件が起こった。
スタッフは言う。「深夜帯の新しいリスナーの皆さんに御挨拶を。」
だったら、これは手の込んだ初対面の御挨拶だ。
今回この番組を、この2年間で連続して起こった21世紀の宗教戦争…その被害者全員の鎮魂を目的とする。
もう一度言う。音楽を愛している者は、音楽を楽しんでいる他人を絶対殺さない。
だからこれは新進の宣戦布告のようなものだし、戦争を焚きつける可能性すらあるから、大きな声では言えないが。
例えば文学というものは、自殺的であり他殺的だ。
もちろん音楽の中にも自殺性と他殺性は含まれている。だけどそれはメタファーとして昇華された形で含有され、実際の自他殺衝動に取り憑かれた人を、むしろ治す。
文学はその逆のベクトルがある。
読者に存在していた自他殺の衝動を啓発してしまう力を持っている。
クレームは局ではなく、すべて僕が直接引き受ける。
僕は狂信者だ。音楽の。
音楽を聞いて楽しんでいる最中に、射殺された人々の魂を鎮め、さらにその人々の家族、その事件を報道で見てしまった報道被災の人々の…そして何よりこれはマスメディアだ。
「そんな事どうだっていいね。」という人々、中には「俺も今度クラブで踊ってるパリピとかいう忌々しい奴らを、片っ端からダガーで切り裂いてやる。」という鼻息の荒い人もいるだろう。
「オマエの暑苦しい能書きは終わりにして、早く曲かけろよ!」という方が、一番多いかもしれない。
そうしたすべての人々に今夜の番組を捧げます。
僕と同じ音楽の狂信者は力を貸してほしい。より良く音源が響くように。
耳をすませ、感覚を解放して、一人でも多くの人々が音楽の真髄に今夜初めて触れることを、強くイメージしてほしい。
音楽を他の何かに明け渡してはならない。
戦いは続くだろう。
54歳にして僕は、生まれて初めて戦争の時代に突入する自分に、興奮を禁じえない。
鎮魂や追悼、そういったものにそぐわないほど。
それでも、これは追悼だ。
火を灯そう。もちろん空想で構わない。場所は…そう、胸の真ん中当りに。
そうしてから出勤してほしい。そうしてから眠ってほしい。そうしてから、トイレでおしっこをして、悪夢を覚ましてほしい。

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