「そこのみにて光輝く」



Twitterで、モントリオール世界映画祭で「そこのみにて光輝く」の呉美保監督が監督賞を受賞したということを知った。
そういえば観たいと思いつつ観逃してしまっていたこの作品、今またテアトル新宿でアンコール上映やっているらしい。
これはいいタイミングと思い、仕事帰りに観に行くことにした。
TCGカード会員で1000円で観れてラッキー。
ライムスター宇多丸氏の批評もすでに聞いていたし、どういう内容の話なのかもだいたい知ってしまっていたのだが、おそらく自分好みの「切ないじらしい」話であろうと思われ、しかも池脇千鶴さん主演なのだから絶対ハマるに違いないと期待していた。
さらに今回の映画祭での受賞、期待値のハードルがかなり上がった中での鑑賞。
綾野剛という俳優は、最近すごく人気のある若手俳優だとは知っていたが、その出演作を観たことがなかった。テレビドラマとか全く観ないので、「今流行りの甘いルックスというわけではないのに、どんな魅力があるのだろう。」と不思議に思っていた。
園子温監督の次回作「新宿スワン」の主演が決定しているということもあって、興味がわいていたところだったので、主演作を観るタイミングとしてちょうど良かった。
決して明るい話ではないだろうし、大きな盛り上がりや驚きの結末があるような映画ではないことはわかっていた。
函館の寒々しい景色。不遇な状況に慣れ切ってしまい、やるせない思いを抱えた登場人物たち。あくまでも日常の延長線上で起こる、人生の転落劇。
そう…まさに「転落」の事件が、主人公の達夫の心を長く苦しめている。
ある日パチンコ屋で偶然、一見チャランポランな若者・拓児と出会う。
きっかけは些細な事、しかし屈託のない笑顔で近寄ってくる拓児のことを達夫は拒むことができない。
連れて行かれた拓児の家は、彼の家族が最底辺の暮らしをしている海辺のバラック小屋。寝たきりで認知症の父親、その世話でノイローゼ気味の母親、そしてその暮らしに絶望しながらもなんとか家計を支えている姉の千夏。
心に傷を持つ者どうしにしか見えない運命の糸に引かれ合うような、達夫と千夏の出会い。
そこから千夏と拓児が置かれている絶望的な状況を達夫は知り、過去の事件への後悔と自責の念を払拭して、彼女らと新しい人生を歩き始めるために苦闘していく。
セリフは北海道の方言混じりなうえに、あえて聞き取りにくくても構わないように、自然な声の大きさで話されている。
細かいところを言葉で説明しなくても、観ているうちに、どういう状況なのか、今何を考えているのか、何かを言おうとしていて言えないでいるのか、が自然と理解できる見事な演出。
大げさな芝居をしないことで、作中の人物の実在感がありありと伝わってくる。
主演の役者たちが皆すごくいい表情をしていて、すっかり感情移入してしまった。
達夫役の綾野剛は、その憂いのある目と、殺気立った振る舞いで、黙っていても存在感が強い。
千夏役の池脇千鶴も、今まで童顔でわりと純真なイメージが付いていたはずなのに、汚れ役を見事に演じている。あえて太ったのか、ムッチムチな二の腕から、田舎のホステスっぽい、ふてぶてしさを感じさせる。大胆な脱ぎっぷりにも驚くが、ここまで不幸な女が似合うとは…。
ただ、いくらリアルな演出と人物の実在感だけでは物語は動いていかないわけで、そこでこの二人の間に立って繋ぎ役となる拓児の存在が重要で、観ている側もどんどん彼のことが愛おしく思えてくる。拓児役の菅田将暉くんの演技も素晴らしかった。
彼らへの感情移入が進めば進むほど、「なんとか幸せになってもらいたい。」と願う気持ちも強くなる。それだけに迎える結末は哀しい。
もっとヘヴィな話を予想したし、もっと号泣必死のエンディングになるかとも思っていた。
しかし、あえて大仰な芝居と演出をせず、映画館を出た後も「今ごろ彼らはどうしているだろう。」と観客が思ってしまうほどのリアリティを持たせた作品。
名作!と唸るような作品ではなく、実生活の中でふとした時に何度も思い返してしまうような、愛すべき映画になったと思う。

そこのみにて光輝く (河出文庫)

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