「ノルウェイの森」

AppleTVの動画配信を初めて利用してみた。
映画「ノルウェイの森」は、言わずとしれた村上春樹のベストセラーの実写化を試みた、トラン・アン・ユン監督作品。
公開前から気になって逐一チェックはしていたが、キャスティングを知った時点で自分のイメージとかけはなれていたので、劇場には観に行かなかった。
とはいえ原作のファンではあるが、原作至上主義というわけでもないし、気に入る気に入らないは別にして、いずれ観ておきたい作品ではあった。
今回観るにあたっては極力「原作の忠実な映像化」というのは期待しないように自分に言い聞かせた。
青いパパイヤの香り」を観て、トラン・アン・ユン監督に対しては、非常にきれいな映像を撮る人だという印象は抱いていたので、文章だけではいまいち絵が浮かばなかった自分のような映像喚起力の乏しい人にとってのイメージ・アルバムのような作品になってさえくれればいいのでは…とハードルを低くして視聴に臨んだ。
それでも…やはり、かなり失望することになったなあ。
学生運動の盛んだった69年当時の空気感のようなものの、それらしさすら感じさせないという点だけにおいても、外国人監督には無理があったのではないかと思う。
そもそも回想でいくのかいかないのかはっきりせず、ナレーションでいくのかいかないのかもはっきりしない曖昧なストーリー運び。
回想でいくなら原作通り冒頭の37歳になったワタナベが過去の記憶のフラッシュバックに心を揺さぶられるシーンは絶対必要。現在進行形で話を勧めるなら、「ハツミさんのその後」をナレーションで語らせるのはダメでしょ。
極力ナレーションを省きたかったのなら、原作読んでないと話の筋すら追えないような継ぎ接ぎだらけの構成では無理。
「原作にあって映画にはない場面」というのは、いちおう撮影はしてあるのだろうが、時間の都合でカットしましたよ…というのがそのまま出てしまったような繋がりの悪さ。
そもそも全部を再現するのは最初から無理だとわかっていたなら、もっと直子とワタナベと緑の三人の関係にフォーカスして、それぞれの人物を掘り下げるべき。掘り下げる気もないのに中途半端に永沢さんのエピソードを挿んでくるのには明らかに違和感を覚えた。
セリフも原作の言葉を生かすのか、リアルなものに替えるのかもどっちつかず。
原作におけるいわゆる春樹的言い回しはそのままセリフにすると不自然なのは予想されていたことだが、それでも春樹的ユーモアの部分はある種「決めゼリフ」的に使われ、そこで場面を切り替えるためのポイントになるところなのだから、むしろそこを生かした方が映画的だったはずなのに、「あのセリフくるか?」という期待はすべて肩すかしをくらった。
原作から意図的に改変した箇所はすべて気に入らない。特にラストはひどい。監督自身が原作の熱烈なファンだということで実現した映画化だというが、これでは原作の内容をちゃんと理解していたのかすら疑わしい。
死に向かう直子と対照的に、緑はもっと生き生きとした存在として描くべきで、そうでなければ二人の間で揺れ動くワタナベの苦悩が伝わってこない。レイコさんのキャラも掘り下げる気がないんだったら、最後のあのエピソードはいらないよ!
しかもどうせやるなら、駅まで送っていく場面は必要だったのに、それをやらず(駅とかでは69年が再現できないからだろうが)よりによって自宅マンションの入り口で別れ、そこの電話ボックスで緑に電話をかけておいて、「いったい今僕はどこにいるんだろう?」も何もあったもんじゃない。ふざけるのもいい加減にしてほしい。
強いて良かった点を上げるとすれば、必要以上に多過ぎるラブシーンだが、映像自体は美しい。風景の撮影はダイナミックだし、光と影のコントラストが印象的な室内の撮影も細部にまで映像美のこだわりは感じる。(雨の日が多いせいで妙にエスニック的なアジアっぽさが出てしまっているのは、ベトナム人監督だと知って観ているがゆえの思い込みか?)
直子役の菊地凛子の演技は凄みがあってよかった。(だがやはり年齢的に厳しいものがあった。特に学生時代の回想シーンはキツイ。)
いや〜、観ていてこんなに腹のたった映画も久しぶりだなあ。
全体的にテンポも悪いので時間をおいても再び観たくなるかどうか…。カットされた場面が加わったエクステンディッド版があると言われても、別に…。