「哀しき獣」


「チェイサー」で一躍脚光を浴びた、新進気鋭のナ・ホンジン監督の第二作「哀しき獣(原題:黄海)」。
前評判もかなり高いようだし、いずれ観に行くつもりではいたが、例によって「シネマハスラー」の賽の目映画に決まったので、今週のうちに観ておかねば!ということになった。
先週のタマフルの放送で、「哀しき獣」が意外にも客足が鈍いらしいという噂を聞いて、宇多丸氏が「アホか!絶対面白いに決まってるんだから、今すぐ行け!」と、えらい剣幕で煽っていた。
正直、自分は「チェイサー」にハマらなかったので、「そこまで言うんだったら観てみよう…」ぐらいのテンションだったのだが、仕事が休みのこの日、「ヒミズ」よりもこちらを優先して観に行くことにして、シネマート新宿へ駆けつけた。
平日の昼間で仕方がないのか、333席あるスクリーン1で客の入りは三分の一ぐらい。
映画が始まって、冒頭、中国の延辺朝鮮族自治州のとある雀荘で、賭け麻雀を打つ主人公グナム(ハ・ジョンウ)。卓を囲む残り三人のうちの一人、対面にはキム・ユンソク演じるミョンの姿が…。
いきなり出会ってるんだ!…とちょっと驚いた。
というのも、前回チェイサーで追う側だったキム・ユンソクと、追われる側の殺人鬼を演じたハ・ジョンウの二人が今作にも主演し、今度は二人の立場を入れ替えたかのような配役だということは事前に知っていたので、てっきりハ・ジョンウがなんらかのトラブルに巻き込まれ、ラスボス的なキム・ユンソクといずれ出会うという展開だと思い込んでいたもので。…ちょっと意表を点かれた。
しかしこの、最初は味方のようなミョン(キム・ユンソク)の存在感が最初から異様で、今後どうなるのか期待させるオープニングでもあった。
デリヘル嬢の失踪にからむ連続殺人事件を扱った「チェイサー」が都会的な話だったのに対して、朝鮮族という重いテーマを扱った「哀しき獣」では全く作風も異なるのかと思っていたが…。
話が動き出してからの、息もつかせぬハラハラドキドキの展開には圧倒された。
良い意味でも悪い意味でもナ・ホンジン監督の作風がはっきりわかる作りだった。ダークな色調、ノワールな雰囲気、メリハリの効いた演出、細かいカット割り、アクションの時のスピード感。
とにかく走る主人公!、その時の追う、追われるのスリリングさは、「チェイサー」の時と同じ。それに派手なカーチェイスも加わって、迫力も増し、エンターテインメントとしての見せ場の盛り上がりぶりはスゴイ。
それでも、自分的にはどうしても好きになれないんだよなあ…。
「チェイサー」の時にも感じたことだが、やはり観客を飽きさせない映像を撮ることに主眼を置き過ぎていて、大仰な演出に「あざとさ」が見えるというか。
説明セリフを極力少なくするために、間に細かく「パッと観て、『あー、この時こうしてたんだ』とわかるようなシーン」を挿入していくのだが、それがちょっと細か過ぎる。映像の流れで見せるのではなくて、コミックのコマ割に近い組み立てで、性急に「こうなって、こうなって、こうなってるんだからね!」と観客に状況を押し付けてくるような感じがする。
それで、見せ場になると一気にスピード感ある疾走シーンを入れて、そこにテンポの速い音楽をドン!と重ねてくる。…確かにアガるけど。
さらに、年々エスカレート気味の韓国映画特有の残酷描写だが、この作品ではちょっとやり過ぎ。生への執着を表現するといっても、ミョンは不死身過ぎるし、人体破壊表現も露悪的で、スプラッターホラーとかのレベルまできちゃってると思う。
今回はそれに加えて、撮りたいシーンありきのための、ご都合主義な脚本のいじり過ぎもあって、後半は話の筋を完全に見失ってた。
最後の方になってから急に、「実はこいつとこいつが繋がってて、こいつがこいつを裏切って…」とかを羅列されても、なかなか腑に落ちない。
「一体誰が仕組んだことなのか、突き止めたい」と主人公は言っていたけど……。え?…ワタシ突き止められなかったんだけど…と不安になった。
確かに退屈な映画ではないし、見所も多い。扱うテーマも重いし、主人公の人生を考えると哀しい話だと思う。それをアートぶらないで、エンターテインメントに徹して作品化しようとする姿勢もいいとは思う。
ただ、同じように、残酷描写とアクションとどんでん返しを計算で組み立てて構築するタイプのパク・チャヌク監督作品に、ここまであざとさを感じることはない。…単に個人的な好みの問題なのだろうが、「自分はちょっとナ・ホンジン、合わないかも…」と苦手意識を植え付けられてしまった。
宇多丸氏はこの作品をどう評価しているのか、今週末のシネマハスラーを聴くのが楽しみだ。…自分が単に見落としていたかもしれない箇所を解説してくれるかもしれないしね。

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