「ペパーミント・キャンディー」

ペパーミント・キャンディー [DVD]

ペパーミント・キャンディー [DVD]

「ポエトリー アグネスの詩 」が公開中のイ・チャンドン監督、1999年の作品。
2007年の「シークレット・サンシャイン」は、ライムスター宇多丸のシネマハスラーの初年度の年間ベスト1位と高評価された。それを聞いて観てみたら、何とも重いテーマの作品で、しかし人生の真実に鋭く迫っており、決して好きとはいえないが、確実に心に残る映画だった。おそらく新作の「ポエトリー アグネスの詩 」も、さらに「生きるとは?」「真実とは?」「正義とは?罪悪とは?」と観客に問いを突き付ける重苦しい作品なのだろうと思われる。…でもきっと打ちのめされるほど良い作品に違いない。
その「ポエトリー〜」を今週観に行こうかと思っていたのだが、それは来週にして、今日は自宅で、ソル・ギョング主演で名作と名高い「ペパーミント・キャンディー」を観ることにした。
冒頭、河原でバーベキューを楽しむ中年男女の集まりに、スーツ姿の男がふらふらと近寄って行く。踊りの輪の中に勝手に加わる空気の読めない男。しかしその男、キム・ヨンホは、どうも知り合いだったようだ。同窓会のようなその集まりへの参加を許された男だが、懐かしいはずの面々に対して、なんとも傍若無人な態度をとり続ける。長い間消息不明だった理由を尋ねられると声を荒げて怒り出し、急にカラオケのマイクを握って歌い出したかと思うと、泣きながら絶叫し、走って河の中に入って行き、ズブ濡れになりながわ喚き散らしている。人騒がせなヨンホの振る舞いにうんざりし、周囲が「もう放っておけ!」となるのも当然だが、目を離した間に鉄道の高架橋の上によじ上った男は、どうやら本気で自殺する気のようだ。「昔に帰りたい!」と絶叫するヨンホに、列車が迫りくる…。
とここで暗転。ん?どういうことなのか?
すると列車の先頭車両の窓から見える線路とその脇を通り過ぎてゆく風景の映像が流される。しかもこの映像はどうも逆回転のようだ。
そして「三日前」のテロップ。男がこのような行動をとるようになった直接的なきっかけとなった出来事の話に切り替わる。
この作品は冒頭の現在を含めて7つのパートに別れており、間にこの逆走する車窓風景を挿んで、どんどん過去に遡って行くという作りなのだった。
男の人生はどこでどう間違ってしまったのか。彼が自ら死を選ぶにはどんな理由があったのか、数年ずつ過去に遡って解き明かしていく…。
ううむ、どんな映画なのかまったく知らずに観始めたのだが、まずはこの構造に唸らされた。
そして、最初はとんでもなく嫌な奴に見えたソル・ギョング演じる主人公のソンホに対して、その過去を知って行くにつれて、こんな落ちぶれた奴になるまでに、いろんな不運な出来事もあり、避けようのない時代の流れに巻き込まれたとことも分かり、すごく哀しい人生を歩んできた男として、同情と共感の念を抱かずにはいられなくなる。
シークレット・サンシャイン」を観た時に、あまり好きになれなかったのは、出てくる人物が皆、嫌な性格の持ち主ばっかりで、人の本性の醜さを見せつけられてしまったことが大きかったので、この「ペパーミント・キャンディー」を観始めた時も、「うわ〜、また嫌な奴ばっかり出てくる映画かい…」と思って気が滅入りそうになった。
観終えても、やっぱり重苦しい話であることは確かで、人が生きて行くことの辛さをリアルに描いた作品だったので、楽しい気分にはならなかったが、なぜか憂鬱な気分にはならなかった。
タイトルにもなり、作中にも出てきた「ハッカ飴」は、口に入れるとただ甘いだけでない、喉の奥がヒリつくような辛さを感じる味だが、人生のメタファとして、それがとてもよくわかる。それは自分も40歳になったからなのだろうか。
どんなに後になって後悔しても人生は逆戻り出来ないんだ、という厳しさを観客に突き付けてくるが、主人公ヨンホの人生の転機となる場面を、冷静な視点で描いていることで、観客には主人公が見落としている、別の選択肢、希望へのヒントが見えるような作りにもなっているからだ。「シークレット・サンシャイン」の主人公のような、どうにもならない状況に追い込まれて行く感じに息がつまりそうになるのではなく、「ここで勇気をもうちょっと振り絞っていれば…」とか「ここでヤケを起こさず耐えていれば…」とか「この時の傲慢さが墓穴を堀ることになったんじゃないの?」とか、想像力を働かせる余地がまだ残されていて、いろいろ考えながら見て行く過程は、この映画を楽しめたと言っていい。
脚本の巧みさと俳優の演技力で、人生の一部を切り取って濃縮した2時間の作品として見せ、観客に追体験させる…、やっぱりこれこそが映画という気がするなあ。

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