「R&Bと経済、今後の行方について。」

TBSラジオ菊地成孔の粋な夜電波」第216回放送は、先週に引き続き、音楽プロデューサー、ライターの松尾潔さんをゲストに迎えてのブラック・ミュージック時事放談
R&Bというジャンルの音楽につきまとう成功とマネーについての問題を、著作権侵害訴訟でロビン・シックとファレル・ウィリアムス側がマーヴィン・ゲイの遺族側に敗訴した事件を踏まえて、かなり突っ込んだところまで真剣に語られました。
これからのR&Bがどうなっていくのか?ということに対する、お二人の現時点での回答が一致した、重要なトークになりましたので、番組オンエアにはのりきれなかったポッドキャストの部分まで含めて、一部を文字起こししてみました。

Blueprint

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菊地 はい、え〜…「菊地成孔の粋な夜電波」。ジャズミュージシャンの、そして…トラットリアなんかに行ったりなんかすると、「肉食系」…ま、もう「肉食系」も「草食系」も「雑食系」も無いような世の中ではありますが…
松尾 (笑)。
菊地 「『肉食系女子』ですよ、私は。」といったような人が、「『草食系男子』です、僕は。」みたいな感じの人に、トラットリアなんですけども、もうほとんど女の子のほうが、男の子の…何て言うんですかね…上に乗ってしまって、ワタシが思い出したのは近藤サトさんですけどね…上に乗ってしまって口説いているんですけども、ま…長年の水商売の子供という経験からですね、これは「肉食系」に見えて実はヘタレであり、こいつは「草食系」に見えてヤル奴だ、という事に気付きですね。結果何をやったかというと、アイコンタクトで、目をモールス信号にして「ヤ・メ・テ・オ・ケ」というふうに、その女性にモールス信号を伝えたという(笑)…時節柄、ギリギリなネタを使っている菊地成孔が、TBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。
松尾 (笑)。
菊地 今週はEXILEやJUJU…その他もう数え上げたらキリがないのですが、まあ…もう、あらゆる日本の売れてる音楽のプロデュースをやっておられます、音楽プロデューサーの松尾潔さんをゲストにお迎えしてお送りしております。
松尾 こんばんは。菊地さん、さすがにその紹介は雑過ぎでしょ(笑)。
菊地 雑ですねえ〜。すいません。
松尾 夏ですね(笑)。
菊地 先週、細かく紹介し過ぎたな…という反省から(笑)。
松尾 (笑)。
菊地 あのね、具体的に…じゃあね、例えばリスナーの方とかで「いや、オマエ、ジャズミュージシャンなのに、なんで松尾と関係あんだよ?」っていう人もいると思うんですよね。
松尾 うん、うん。
菊地 リテラシーとして。
松尾 そうですね。
菊地 一番最初は意外や意外…というような仕事ですよね。
松尾 対談でしょ?違いました?
菊地 対談です。えっとね、慶應じゃないかな。
松尾 対談ですね。あー、なんだっけ、無くなっちゃった雑誌ですね。
菊地 あー、そうだそうだ。
松尾 なんか「大人の日曜日にふさわしい音楽とは?」とかっていう、なんかそういう話でしたよね。
菊地 そうそうそう。「大人の音楽とは何か?」って話になって。
松尾 はいはいはい。
菊地 あの頃まだギリギリ…何ていうんですか…リーマン前ですよ、確か。
松尾 あ、そうです。きっとそうだと思いますね。
菊地 リーマン前で、まだまだね、なんかね…「大人のなんとか」っていうのが…
松尾 (笑)。
菊地 今、「大人の〜」はパロディになっちゃってますけど。「MADURO」だけになっちゃってるんだけど。
松尾 「MADURO」ね(笑)。
菊地 「MADURO」はヤバいですよ。岸田さんの「ヤンジー」雑誌、「MADURO」なんですけど。
松尾 はかないですね(笑)。
菊地 あの当時ね、30〜40代が「大人の〜」とかいって…
松尾 確かに。
菊地 フルオーダーの背広作ったりね。スーツ作ったり…
松尾 サヴィル・ロウがどうしたとか、なんかそういう特集多かったですよねえ。
菊地 多かった、うん。で、そこらへんに、ま…当然、松尾さん駆り出されるでしょうし。
松尾 いえいえ。
菊地 ワタシもなんか駆り出されて。
松尾 そうでした、そうでした。
菊地 で、「音楽における大人はなんだ。」とか言ったりして。
松尾 そうでした、そうでした。
菊地 で、「大人の音楽って何でしょうね。」みたいな話で、意外と盛り上がったんですよね。
松尾 盛り上がりました、あん時。
菊地 うん。
松尾 で、黒人文化っていうのは、基本的にマチュアである事を良しとするんだけど、だけどそこで幼児化…っていう話が、後の慶應大学での話になっていくんですよね。
菊地 そうそうそう。
松尾 ええ、ええ。
菊地 だから…大人、オトナって今言ってるけど、カルチャー総体は退行に向かってて…
松尾 うん、うん。
菊地 幼稚化されている中で、ブラック・ミュージックって、これからどうなってる…んですか?…みたいな話を投げかけ…
松尾 その話しましたね。
菊地 投げかけがあって、で…その後数年経って、ワタシ慶應大で…それこそあれがリーマン前夜でしたけど、8年か9年ですから。
松尾 あの時でもギリギリぐらいですか。そっか〜。
菊地 あれはね、リーマン前夜ですよ。リーマン前夜で、7年から8年かな?…慶應大の文学部…
松尾 思い出しました。2009年の頭ぐらいですよ。だって、僕レコード大賞もらった直後で、花束くださったんですよね。
菊地 そうそうそう(笑)。
松尾 年明けで(笑)。
菊地 その時は1年間かけて、日本のカルチャーってのは…もう今では当たり前ですけど「JAPAN COOL」になっちゃって、誰もが…大人も子供ももう関係無く、マンガとフィギュアとアニメとゲーム…って事が、なんら不思議じゃない時代になっちゃったんだけど。当時まだ、そんなふうに向かってって大丈夫なのか?…みたいな雰囲気もある中…
松尾 そうでした。
菊地 いろんな学者さん呼んで。それはもうハードコアなね…斎藤環先生とかもいらっしゃいましたからね。
松尾 そうでしたね。僕は確か、あん時は高村是州さんと御一緒したんですよね。
菊地 そうです、そうです。
松尾 で、フィギュアの話ですとか、アニメの話とかと一緒に、ブラック・ミュージックの話したんですよね。
菊地 そうそう。
松尾 そうだ。
菊地 で、シンポジウム形式で、いろんなジャンルの学者やトップの方に話をしていただいて、学生にそれを投げかけるという授業をやって。それが後の「アフロ・ディズニー」って本に…
松尾 「アフロ・ディズニー 2」かな。
菊地 「2」に。「アフロ・ディズニー 2」にまとまっていくんですけども。
松尾 はい、はい。
菊地 その頃ちょうどカニエ・ウエストが…
松尾 そうそうそう。村上さんもあん時お出になってね。
菊地 そうそう。村上隆さんもいて。
松尾 はいはい。
菊地 村上さんがカニエの表紙やって、グラミー獲って。それが「ジャパン・クール」であって、オタク・カルチャーであって。
松尾 うんうんうん。
菊地 で、それまで最も縁遠いオタクっていうものと、ブラック・ミュージックってのが…
松尾 ええ。
菊地 実は、先祖が被差別だったっていう意味では同じなんじゃないか?って見立てで、あん時講義が進んだんですよね。
松尾 (笑)。
菊地 その中で、カニエが今パリ・コレに目を付けてる…ま、今ではなんてことない、全然普通に…
松尾 そうですねえ。
菊地 こんな世の中がくるとはね。
松尾 うーん。

アフロ・ディズニー2 MJ没後の世界

アフロ・ディズニー2 MJ没後の世界

菊地 横道逸れちゃうようですけど、これが去年のね…
松尾 ええ。
菊地 去年の「XXL」。ワタシはアナログなんで、「XXL」は紙派なんですけど(笑)。
松尾 紙でね。片方がG-Unitが表紙。
菊地 表紙がG-Unitなの。
松尾 50セント率いる…
菊地 そうです。で、ページ捲っていきますと…もうほぼダチョウ倶楽部ですよ。「ヤーッ!」ってなってるんですよ。
松尾 (笑)…この後「どうぞ、どうぞ。」て言ってるんですね。
菊地 そうそう。「どうぞ、どうぞ。」になってく直前のG-Unit。まあ…全員が金メダル。
松尾 キメのポーズですね。
菊地 全員が金メダリスト。で、表紙にね…「CELEBRATES 30 YEARS OF Def Jam」って書いてあって。
松尾 はい。
菊地 「Def Jam 30周年も特集しますよ」って書いてあんの。で「おー、じゃ…これどうなってくんだろう。G-UnitはだいぶDef Jamと違う感じなんだけど。」って読んでいくと、出て来ないんですよ。
松尾 はい。
菊地 で、おかしいな?って思って後ろに…これ「XXL」の中でも初めてだと思うんですけど、こう捲ると、二重表紙になってて…
松尾 裏表紙ってやつですね。
菊地 裏表紙が「XXL」になってて、それはもう「WE ARE Def Jam」ってなってて、Def Jamの…これはもう「Fall」って書き方も、もうファッション誌の…
松尾 (笑)。
菊地 「AW」の書き方で「Fall」の2014って書いてあって。で、写真は全部もう…
松尾 モードですねえ。
菊地 完全にパッキパキにあれが利いたモノクロの写真で。あのイギー・アゼリアがトップモデルに見えるっていうね。
松尾 ほんとですね。アナ・ウィンターのディレクションの下、やったような。
菊地 やったような。もう完全にアメリカのヨーロッパに…ま、このジェネイ・アイコとかもね…
松尾 スタイリッシュですね、これは。
菊地 プシャ・Tがモデルみたいになってますからね。
松尾 ほんとですねえ。
菊地 この人…ジャンキーみたいな人だよね(笑)。
松尾 ちょっとバスキア的な…
菊地 そうそうそう。
松尾 雰囲気さえ漂わせてますよね。
菊地 ほんと。だから…こっからひっくり返っちゃうんだけど、要するにデフ・ジャムが買い取ったページは、デフ・ジャムが「XXL」を占拠してて、完全にヨーロピアンになってるわけですね。
松尾 そういうことですねえ。
菊地 だから、ローライダー飛ばしてるガキ共…にも、もちろん買われるかもしんないけど。だって教会で撮ってますもんね。
松尾 そもそも、写真全部モノトーンですからね。
菊地 もう、ほんとに…この調子でいってるわけですよ。
松尾 うーん。

XXL [US] October - November 2014 (単号)

XXL [US] October - November 2014 (単号)

菊地 最初はかわいいもんで、パリ・コレのディオールのパーティーのDJを、ファレルがやった…とかね。
松尾 はい。それだけでニュースになってましたね。
菊地 そうそう。なんていうか…80年代ぐらいからありそうな話…
松尾 うん(笑)。
菊地 …だったのが、だんだんシャレにならなくなってきて。
松尾 確かに。
菊地 もうビヨンセのショーは完全に「クレイジー・ホース」そのもの…もうトレースしてるぐらい。パロディどころか、まるっきりそのままいってますし。
松尾 僕の本の序文でも、その事お書きになってましたよね。
菊地 そうなんですよね。で、まあ…ブラック・エンターテインメント・テレビ…
松尾 BET。BETアワードね。
菊地 14回目にして、WOWOWが初めて全部放送しましたけども。
松尾 ええ。
菊地 その時、アルシナが受賞したんだけど、全部上から下まであれですよ…スーツだったんだけど…
松尾 どこのだったんですか。
菊地 えーと、あれです…
松尾 サンローランですか。
菊地 サンローランです。
松尾 エディ・スリマン?…ああ。
菊地 スリマンのスーツで歌ったのね。
松尾 うんうん。
菊地 …っていう流れですよね。だからこの感じで…「やんちゃ」ってのはいなくなんないから、やんちゃマーケットもあんだろうけど、デフ・ジャムはやんちゃマーケットから、ヨーロッパの人のものを取りたいんだっていう、うちらは…何て言うんですかね、この一個上がった感じは。
松尾 うーん。ま、やっぱりエスタブリッシュってのは、ヨーロピアン…コンチネンタルへ向かうってことなんですかねえ。
菊地 ねえ。
松尾 そこは変わんないんだ。
菊地 だから、そうなるとね…
松尾 はい。
菊地 北米で暮らしてて、クイーンズで始まった音楽…のリアルというものが…
松尾 サウス・ブロンクスとかね。はいはい。
菊地 そうそう。リアルっていう問題が、今度ファンタジックになってくるわけじゃないですか。
松尾 あの…それ確かにね、今の話で思い出しましたけど、ドレイクが面白い事言ってて。
菊地 言ってた。うん。
松尾 JAY-Zに向かって…御存知のようにJAY-Zは現代美術のコレクター業…ま、半分投資ですけど
菊地 そうですね。
松尾 …も、それをラップのリリックとかに、やたらそういう事を入れるのが、ドレイクがそれ…「ヒップホップか?」みたいな。
菊地 うん。
松尾 「現代美術のアーティストの名前を織り込むばっかしじゃないか!」みたいに揶揄したわけですよ。
菊地 はいはい。
松尾 そしたらJAY-Z「撃ったこともない銃の事をラップするのがリアルだとしたら、俺がやってることっていうのは、もっとリアルなんだ。」と。それはなぜかっていうと、自分の金で買った…(笑)。
菊地 うん。「買った絵の話してんだ。」ってね。
松尾 昔はクスリを売って金を稼いでた話をラップしてた人が、今は絵を買ったって話をしてるっていうね(笑)。
菊地 うん、そうそうそう。
松尾 「ずっと俺はリアルであり続けてるよ。」って言い返したって話をね。
菊地 ねえ。
松尾 これはほんとに…ヒップホップのこの30年ぐらいの変遷を、一回の会話で済ませちゃったJAY-Zっていうね。
菊地 まあ、そうですね(笑)。確かに。ただ、まあ…ラッパーとしてのJAY-Zの魅力っていうのは、なんかもう空文化してるっていうか。
松尾 (笑)。いや…ほんとそうですよ。

(中略)

Blurred Lines-Deluxe Edition

Blurred Lines-Deluxe Edition


〈ここからPodcast
(※オンエア部分は「松尾潔と菊地成孔 ロビン・シック『Blurred Lines』裁判を語る」 miyearnZZ Laboさんによる書き起こし参照。)
松尾 いや、けど、ほんと僕はね…
菊地 はい。
松尾 菊地さんが今回僕の本の序文でね、ある種のR&Bの終焉みたいなことを、非常に言葉選んでお書きになってるけれども、その事と…
菊地 はいはい。
松尾 要は「ロビン・シック裁判」の事です。ロビン・シック裁判」と、後それを事前に回避したかたちの「マーク・ロンソン騒ぎ」と言いますかね。あれはもうほんとに、ギャップ・バンドとかに、ちゃんと権利分配することで裁判にならずに済みましたけれども。
菊地 うんうん。
松尾 こういう事が起こっているのと、今の音楽産業の構造がね…サブスクリプションになって…
菊地 そうそうそう。
松尾 要は…取り分が減ってる、と
菊地 そうなんですね。
松尾 で、それを…「そのヤマは俺のものだ!」って言う人が増えてくるっていうのは、当然関係があるというか。
菊地 そうですね。
松尾 経済ですよ。
菊地 経済ですよ。21世紀の資本主義ですよ。トマス・ピケですよ(笑)。
松尾 そうなんですよねえ。
菊地 ほんとですよ。でね、結局「金なんかどうだっていいや!」っていうアナーキーな音楽家が、今いっぱいいると思うんですよ。
松尾 うん。
菊地 「とにかく演奏してえんだ、俺は!」っつって。
松尾 ええ。
菊地 で、「とにかく俺はクラブで自分が作ったビートを爆音でかけて、人が踊ってくれれば、それでいい。」と。後は何も要らないっていうような、ある意味すごいピュアな人達も増えてると思うの。ま、そういう人達の存在は素晴らしいし…
松尾 そういった人達の表現の場がたくさん出来てますしね。
菊地 そうそう。動画サイトにどんどんどんどん、SoundCloudでも何でもいいけど、上げると。だけど、世の中にはお金を払ったからこそ得られる感傷とかいうものがあって(笑)。
松尾 仰る通りです。
菊地 それがもう結局(笑)…さっきの「XXL」の裏表紙がこうなって、どうしてヨーロッパに引っ張られていくかの、引っ張っていく原動力っていうか、綱引きの綱がね、シャンパだと思うんですよ(笑)。
松尾 うたかた…だ(笑)。
菊地 シャンパンをね、スパークリングワインっていう名前にしてしまって、それでナパだってシャンパーニュに匹敵するものがあるっていうコンセンサスが、もし取れたらね…
松尾 ええ、ええ。
菊地 取れたら、そん時はもう「シャンパン」っていう言葉の価値は平衡化しますよね。
松尾 うん、うん。
菊地 でも、まだ「シャンパーニュ」は「スパークリングワイン」より上じゃないですか。
松尾 そうですね。カヴァよりも上ですし。
菊地 カヴァよりもう上だし。だからシャンパーニュ」「シャンパン」「シャンペイン」って言葉に、まだ霊力が宿っている間は、ヨーロッパに力があって、シャンパン飲む人達がシャンパン経由で連れてかれちゃってるの(笑)。
松尾 それはあながち否定できないなあ(笑)。
菊地 もし「レミーマルタン」では、こうはいかないですし、「シングルモルト」でもいかないと思うんですよ。やっぱね、連中がシャンパン飲むからヨーロッパ行っちゃうと思うんですよ。
松尾 僕…あの、違った表現で僕言ってたんですけど…
菊地 はい。
松尾 「音楽は夜のものだ。」…これ、デューク・エリントンでしたっけ、カウント・ベイシーでしたっけ。
菊地 カウント・ベイシーですね。
松尾 カウント・ベイシーか。「音楽は夜のものだ。」って言葉ありますよね。
菊地 はい。
松尾 「夜はパリのものだ。」
菊地 ああ、そうですね。
松尾 …って僕の中ではそう思ってたんですけど、「シャンパーニュ」なんですね(笑)。
菊地 まあ、パリで消費されてるわけですよね。シャンパーニュ地方からパリにどんどん送られていくわけですから。
松尾 ということなんですよねえ。
菊地 だからね、その問題があるの。ただのシャンパン…廉価のシャンパンが出てきちゃった時に、こういう事の構造が崩れると思うし。
松尾 うん。
菊地 あの…今ワインは完全にそうなってるじゃないですか。
松尾 そうですね。
菊地 だけど、シャンパンはまだ金のかかるもの…リュクスなものとして残っているわけで
松尾 うん、うん。
菊地 だから、リュクスをミッションとしているところでお仕事されている、松尾さんが捉えるこの事件と、まあまあ…「オレなんか別にいいよ。もう。SONYで、もしレーベルがあんまり立ち行かなくなったら、解散して独りでやればいいもんね。路上だってやりますよ。」みたいな感じに…楽家はすぐなるんですよ。ヤケクソに。
松尾 はい(笑)。
菊地 「野垂れ死んでやるわ。」みたいな感じになるんですけど(笑)。それに対して…そこはね、生き様じゃなくて、音楽の構造のほうにあるじゃないですか。
松尾 はい、はい。
菊地 ジャズは野垂れ死んだっていいし、ヒップホップだって野垂れ死んだっていい音楽だけど、R&Bは…作ってる人が金持ちとかそういうことじゃなくて、音楽自体がもう金のかかっているものの音楽だから…逆にパンクだって大金持ちになれるわけで。
松尾 仰る通りです。あの…R&Bは、お金持ちか貧乏かっていうことを問う音楽ではなくて、貧乏臭くないかってことを…
菊地 問う音楽ですね。そうそうそう、そうなんですよ。
松尾 問う音楽なんですよ。気分なんですよ。
菊地 それがリュクスってことですよね。リッチではないってことなの。
松尾 仰る通りです。
菊地 だから…そこなんですよね。
松尾 僕は…制作者としては、ま、それこそ貧乏…これは体質の問題で、貧乏臭いものになったら、もう作るのやめようと思ってます。
菊地 はいはいはい。
松尾 ただ、菊地さんと違って、僕は出が「ミュージシャン上がりのプロデューサー」ではないので…
菊地 ま、世界でも数少ない「ライター上がりの〜」ですよね。
松尾 それは1冊目の本で、山下達郎さんが御書きになってましたけど(笑)。
菊地 類例が無いですよね、だってほんとに。
松尾 まあ、全く無くもないんでしょうけど。
菊地 ジャズだったらありますけどね。
松尾 ええ、ええ。ま、それこそ…おこがましい言い方になるけど、映画とかだと批評家上がりの人とか…
菊地 いっぱいいますよね。カイエ一派は、まあ…
松尾 そうです、そうです。だから、あんまり僕は抵抗ないんですが。まあ、数として少ないことは確かですが。
菊地 うん。
松尾 物書きに戻るかな…って気持ちは、ずーっとありますね。
菊地 なるほど(笑)。
松尾 これがその第一歩かどうかはわかんないですけど。
菊地 「筆は一本。」ってやつですね(笑)。
松尾 (笑)。
菊地 「箸は二本。」っていうね。なるほど。いや、松尾さんほどの筆力があれば、ワタシ小説書きますけどね。
松尾 いやあ…。
菊地 で、どんどんどんどん売れる本出して、それこそ著作物の印税で食ってくことができると思いますけど。
松尾 どうでしょ。
(中略)松尾 ヒップホップは、もう美学として、パフ・ダディやJAY-Zが稼ぐお金が…
菊地 うん。
松尾 音楽による印税なのか、それともウォッカを売って得たお金なのかって、お金の色を問わない…お金に色は無いってのが、ヒップホップにはあるんですけど。R&Bは確かに仰る通りで…
菊地 そうそうそう。そうなんですよね。ヒップホップはねえ…悪銭が身に付くんですよ。
松尾 (笑)。
(中略)松尾 けど…そうですね、「R&Bはこれから何処へ向かうのか?」っていうのは、僕はひと言では言い切れないけれども…
菊地 うん。
松尾 内省的な表現をする人が、少しずつ増えていくんじゃないかな…と思いますね。
菊地 うーん。
松尾 ええ。つまり、内省的な表現をしても、貧乏臭くはならないっていう、そういう絶妙なところを攻めてくる人が、これから増えていくんじゃないかなと、僕は思ってるんですけどね。
(中略)
松尾 ま、そもそも考えてみるとね、R&Bってのは、すごく面白い呼び名のまま浸透してしまったというか。
菊地 ほんとそうですよね(笑)。
松尾 つまり、ヒップホップっていうのは精神性も含む言葉として語られるんですよね。
菊地 はいはい。
松尾 で、ロックもそうです。「あの人はロックだから。」って。
菊地 ロックンローラーですね。
松尾 「あの人ファンキーだね。」とも言いますよね。
菊地 ええ。言いますね。
松尾 「あの人はなかなかソウルフルな人だ。」とも言いますね。
菊地 で、ステージで、「ヒップホップ!」って言うし、「ファンク! ゲット・ファンク!」って言うし…
松尾 そうなんですよ。
菊地 「ロックンロール!」って言うんだけど、「R&B!」って言わないですもんね(笑)。
松尾 生き方を示す言葉ではないんですよ。あくまで音楽のジャンルっていうね。
菊地 ジャンルなのよね。
松尾 そこの危うさが、今ね、むき出しにされちゃってるってことだと思うんですよね。
菊地 そうですね。
松尾 ロビン・シックは、まさにそこが…
菊地 そうですね。
松尾 「金儲けのツールでやってるんだろ?」って言われたような気さえします。あれ。
菊地 うーん、そうですね。確かに。
松尾 彼はソウルミュージックと思ってやってたかもしれないけど。
菊地 うん、しれないけどね。