「マイブームは白石一文。」

神秘

神秘


先日、なんとなく読み始めた「神秘」がものすごく面白かった。
白石一文氏の作品は、以前それこそロッキンオン・ジャパンで山崎洋一郎氏が激押ししていた時に興味を持って、「不自由な心」だったかな? 文庫本を買ってきて読もうとしたことがあった。
ただ、その時はなぜかあまりピンとこなくて、最後まで読まなかったような記憶がある。
おそらくその頃は文体とかに特徴がある作家を面白がっていて、舞城王太郎とか好んで読んでいた時期でもあったので、なんだか地味に感じてしまったのだろう。
ただその後も、質の高い作品を次々に発表されていて、きっと誠実な書き手さんなのだろうと思って、いずれ読んでみようとは思っていた。
特に樋口毅宏さんの師匠にあたる作家であるということを知ってからは、白石氏ご本人への興味も沸いてきた。
そんなタイミングで読んだ「神秘」。分厚い本だが、シンプルな文体で読みやすく、どんどん読み進められる。
末期がんを宣告され、余命もわずかな五十代のサラリーマンの男性が、今までの人生を振り返ったり、残りの人生をどう生きるかを考えていくところが描かれる前半部分。
自分自身もだいぶ年を重ねてきたからなのか、この主人公にかなり感情移入できた。内省的な部分にもいちいち思い当たるところがあり、普段自分が漠然と考えていたことを的確に文章で描写されて、人生についての疑問や悩みに対するひとつの回答として、ピシッピシッとピントが合っていくような気持ち良さがあった。ここまででもずいぶん面白い。
しかし圧巻なのは第三部に入ってからで、思い立って神戸の街に移り住むことにした主人公は、昔、電話で応対しただけの謎の女性を探すという目的があったのだが、この謎の人物を中心として周囲の友人知人などが次々に繋がっていることが明らかになっていく。
今まで丁寧に張られていた伏線が見事に回収されていき、スリリングでもあり、また予想もつかなかった意外な展開にもなり、「いや、これはすごい小説だわ。」と興奮気味に読んだ。
最後の最後で、まるで映画のエンドロールが流れ終わった後に、ちょっとおまけのように足されたシーンのように、あるひとつのユーモラスなオチがつくのだが、それもバシッと決まって最高。見事だった。

期せずして最初に読んだ白石作品が現状での最新作になったわけだが、調べてみたらかなりの作品数がある。
翌日からすぐにブックオフを数件回って、見つけた限りの文庫本をまとめ買いしてきた。
「僕のなかの壊れていない部分」「ほかならぬ人へ」「心に龍をちりばめて」と立て続けに読んで、どれも面白く読めた。
今「私という運命について」を読んでいるところ。
しばらく読むものには困らないな。
もともとはいわゆるドラマの原作になりそうなリアルな日常の話、特に誰がどうしてどうしたみたいなことにはあまり興味がなくて、それよりもちょっと気のきいた言い回しや決めゼリフみたいなものがたくさんある小説が好みだったのだが、こうして白石作品を何冊か読んでみると、「人はなぜ生きるか」みたいな大きな問いに対する、ひとつひとつは小さな回答や結論が、やはり実生活の中に見出していくしかないということがよく分かる。
また、そういう現実を見据えた上で想像力を働かせていかないと、単なるお題目で幸福や平和や生きる充実とかを唱えていても、何も実にならないような気がし始めている。これもそういう年齢に自分がなってきたということか。
僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)

僕のなかの壊れていない部分 (光文社文庫)