「桐島、部活やめるってよ」


原作も読んだことがないし、映画化されたといっても「へえ、そうなんだ…」という感じで全くノーマークだったのだが、ネット上やいろんなところから漏れ聞えてくる評判がやたらいいので、気にはなっていた作品。
霧島、ちゃんこやめるってよ」を観てきました。…いや、違う!…「水島、一緒に日本に帰ろうってよ」を……あ、これはまた別の映画だ。…と、ボケ倒したくなるほど、そのタイトルのインパクトが強い、「桐島、部活やめるってよ」を観てきました。
一部で「ヤバイ、ヤバイ」言われてるけど、若手俳優がたくさん出演する青春映画でしょ?、実際どうなんだろう…と、まだ半信半疑だったけど、今週のシネマハスラー賽の目映画に決まった時点で、観に行く動機付けには十分。それでもわざわざ公開館の中からサービスデーのシネ・リーブル池袋を選んで観に行く、自分のこのセコさったら(苦笑)。
結論から言うと、これは…大傑作!なんじゃないでしょうか。
ま、にわか映画好きの自分が傑作と言ったところで、何のお墨付きにもならないんですが、個人的にはいろんな人に薦めてみたい映画No.1です。
〈以下、ネタバレ含みます〉
神木隆之介くんが演じる主人公の前田は、映画部で地味なオタク少年。クラスでも軽んじられている存在。
一方、同じクラスでもスポーツ万能でハンサムの宏樹は、女子からも憧れられるスターだが、いろんなことが簡単にこなせてしまうために熱中することができず、所属していた野球部にもすっかり行かなくなってしまっていた。前田とは対照的な存在。
その宏樹には、バレー部のリベロでキャプテンの桐島という、さらに花形の親友がいるのだが、急に連絡がとれなくなる。その頃学校内では、「あの桐島が突然部活をやめることになったらしい」という噂がかけめぐっていた。
桐島の噂が広がった金曜日の同時間帯の出来事を、登場人物の視点ごとに何パターンかのシーンをパラレルで見せる、その物語の導入部分にすっかり感心してしまった。
ヒロキの彼女である沙奈の親友・梨紗は桐島の彼女。梨紗は毎日、桐島の部活が終わるのを体育館の外で待っている。何もまだ知らない梨紗の元に、桐島の噂を耳にした沙奈が走り寄ってくる。
その沙奈はどこで桐島の噂を聞いたかというと、部活に行く気を失った宏樹は放課後に仲間と遊びでバスケをするのが日課になっていたのだが(それも同じ塾に通う桐島を待つという理由で)、その時にバスケ仲間の友弘が「そういえば…」とポロッと口にしたところに居合わせたから。
その時の様子を実は屋上でサックスの練習をする、吹奏楽部部長の亜矢が見ていて、亜矢はクラスでは宏樹の後ろの席に座り、ひそかに宏樹に対して恋心を寄せていたので、放課後の宏樹の様子を見たいがために、わざと屋上で練習をしていたのだった。
他にも、梨紗と沙奈と一緒に、4人でつるむことの多いバドミントン部の実果とかすみ、バレー部で桐島の後を任された小泉と久保など、それぞれの事情と思いが複雑に絡みあっている。
それをそれぞれの目線のシーンに切り分けて並べ、登場人物の紹介も兼ねながら、実はそれが全部繋がっていてほぼ同時に起こっていたことだったとわかる、その見せ方はおみごとです。
そして噂だけがひとり歩きし、肝心の桐島本人不在のまま、物語は進行してゆく…。
これは後で町山智宏氏のツイートで知ったのだが、このストーリーの下敷きになっているのは、劇作家サミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」という戯曲なのだとか。同様に、この「桐島〜」と「ゴドー〜」の類似点を指摘している書き込みは多いようだ。
登場人物全員が共有する存在であるはずの桐島は、ついに最後まで姿を現さず、つまりは「ドーナツの穴を存在と捉えるか、非存在と捉えるか?」というような、象徴的に物語の中心として据えられているのだった。
宏樹にとっての、梨紗にとって、沙奈、亜矢、久保、小泉…それぞれが語る、それぞれにとっての桐島の情報しか観客には知らされず、観ている我々も「桐島とは一体どんなヤツなのか」と考えざるを得ない。
そして本人不在の状況においては、桐島をよく知っているはずの宏樹も、ほとんど知らずその噂の蚊帳の外にいるような前田についても、等しく語られることになる。
ここで、クラスの中でイケてる組と、祖末に扱われてきた前田たちの立場が同等になるわけだ。
桐島について何も知らされていない前田をメインに語るのは、彼が「桐島、部活やめるってよ」という噂を耳にして、「え?誰そいつ?何でみんなそんな大騒ぎしてんの?」と思ってから、その噂に振り回される周囲の連中を見る過程が、観客に最も近いからであり、まさに彼がわれわれの代行代弁を務めてくれているからだ。そして自然に観客は前田に感情移入していくことになる。
「桐島がどこの誰でどんなヤツだろうが、オレには関係ねえ〜!」という思い(実際にこんな陳腐なセリフを吐くわけではない。)の爆発を表した圧巻のクライマックスで、どれだけカタルシスを得るかは、どれだけ前田に移入できたかにもよるだろう。
映画部で拙いながらも自主監督作品を一生懸命作っている前田を語り部に持って来たというところには、吉田大八監督の思いなど、製作者側の心意気も感じる。
個人的には、文化系オタクで運動部のスターに対して引け目を感じつつも、自分のやりたいことは曲げたくないという前田のいじらしい気持ちには、自分がもし彼の立場だったらと置き換えて想像しても、十分に感情移入できたので、あのクライマックスは痛快極まりなく、同時に切なかった吹奏楽部の演奏と同時に進行するというのも、アイディアもいいし、曲の盛り上がりとシーンが見事にシンクロしていて素晴らしかった。吹奏楽部に所属していた自分の高校時代を思い出したりもして、いろんな思いが昇華される見事なクライマックス。
ただ、この作品は、現在を生きる高校生を群像劇としてかなりリアルに描いてもいるので、今彼らに近い年齢の人たちはもっともっと、「…んなこと言ったって、結局オマエらみんなリア充じゃねえか、ウラァ〜!」という怒りに同調できたのかもしれない。四十路の自分をちょっと残念に思うところもあった。
そしてラストの宏樹の切ない背中を観ていて思うところも多々あり、余韻に浸っているところで、ようやくタイトルの文字。そして主題歌の高橋優の「陽はまた昇る」。彼のガナリ声がリアルに響く中でエンドロールを眺めつつ思う。…うーん、完璧。
青春映画としても文句無く面白いし、見る人それぞれによって感じ方も異なるであろう、この「一石投じられた感」によって、この映画を観て良かった!と思えたので、やはりこれはいろんな人に薦めたくなる傑作だと思いました。

桐島、部活やめるってよ (集英社文庫)

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