「初めての音楽と引き換えに…。」

「粋な夜電波」第152回は生放送。スペシャルウィークの特別企画として、オーダーされた方に代わって贈りたい人に曲のギフトをお届けする「ミュージックプレゼント」。
ただ、さすが「夜電波」には、一筋縄ではいかない、難しい関係性でのオーダーが集まり、さすがの菊地先生も選曲にかなり悩まれたようです。
中でも、番組最後に読まれたメールの「亡くなった父から曲を贈られたい。」という難しい注文に、最高に粋で、かつ誠実な対応をされたところが、強く印象に残りましたので、その部分を文字起こししてみました。

Sleeping Beauty

Sleeping Beauty

はい、「菊地成孔の粋な夜電波」。ジャズミュージシャンの菊地成孔TBSラジオをキーステーションに全国にお送りしております。
今週は「菊地成孔のミュージックプレゼント」。大切なあの方に曲を贈りたいというオーダーに応えまして、ワタクシ菊地成孔渾身の選曲をして、その人のためのオンエアをしております…と、いう感じで、本日…今日がこれ…内容的にもう一個行けそう?…最後かなぁ。
えーと…変型のリクエストですね。どう変型かというと、「亡くなった父から、何か曲を贈られたいです。菊地さん、選曲をお願いします。」
(メールを読んで。)
…ラジオネームは、ちなみに…ございません。
変型のリクエストですね。こういうシンプルな変型ほど深い…というかね。
ま、まずは何よりもお悔やみ申し上げますし、ワタシも10年前に親父を亡くしておりまして、「奴は今頃何を思ってるんだろうなぁ?」と思うこともありますから…。
とはいえ、どうせロクな事は考えてないだろうし、親父が何を思っててもどうでもいいわけですけど。ま、ま、ま、それはともかく。
この方ですね…鬱病心療内科とあるんで、精神神経科ではないわけですよね。お仕事も復帰された、と。
ただ喪失感から、いろいろと変になってしまったのだと…いうことですね。
え〜…この方の、鬱病の発病因子は、お父様とのご関係ですとか、あるいは現実そのものへの対応関係ですとか、他にもブラインドされているであろう様々なものがあるとは思うんですが…。
まず間違いなく、トップ5に入っているであろう原因に、「本の読み過ぎ」があると思います。
文面からも感じますが、その事は御自覚されてますよね。「そこを指摘してくれ!」というフックすら感じますね、これね。
これはまさにね、父親からの懲罰というか導きというか
以下、これはワタシの極論的な持論ですので、立場を違える方、考え方がそもそも違うという方、納得出来ない方々もいらっしゃるであろうことは百も承知の上で、平然と申し上げる俠心のようなものですけれども
活字、書物は鬱病を引き起こしやすく、また、依存傾向が出た場合ですね、病状を必ず悪化させます。
まあ、もちろん…ここで申し上げているのは、あらゆるすべての条件下での単独の因子強度ではないです。
あの…音楽が、最低でも読書と同量あれば大丈夫だと思うんですけども。
音楽が不足、もしくは、そもそも聴こえておらず、これはあの…先程目の不自由な方と話させていただいたばかりですが、そういう意味ではなく、耳には入っているけど、音楽を…身体に入ってきていない…という状態ですね。
そういう状態で、読書だけが100%充実すると、ワタシの考えでは、人間は必ず自滅します
一方、音楽…ま、欲を言えばダンスを伴うのが一番いいんですけれども、まあまあそれは置いといて…100%音楽になったとしますね、音楽が100%充実…これはややもすると、生活は破綻してしまうかもしれませんけども精神的には最も健康な状態になります
まあ、先程ね、現行の音楽療法に関する基本的な懐疑を述べましたが、それと繋がる話というか…、未来的な話というか。
この方の文章は非常に文学的で、音楽の姿が全く無いですね。
額面上は、このメールは音楽の…楽曲のリクエストという形をとっていますが、この方は音楽は求めていない…と思うんですよ。
父の言葉を求めているだけで、音楽は求めてないと思いますね。
まあ、それは端的に文学的ですよね、ほんとに。
ワタシは文学は基本的には…読まないほうで、ま…文学はフロイトだけにしてますけども(笑)。
なので、以下、この方に直接話し掛けたいんですが…あ〜、あの…電話するとかいう意味ではないですよ。電話は今日はもう終わりました。
…ですが、あのですね…ワタシとここはひとつ…取引しませんか?
多分…あなた、不幸にしてですね、音楽を聴いたことが今まで無かったんじゃないかな?って思うんですよ。
「いや、聴いてましたよ!」と仰るかもしれませんが、「美味しく食事をしてない」とか、「本は読んだ事はもちろんあるけども、全然覚えないし、読んだ気がしない。」とか、そういう不全を人は起こしますよね
あなたにおける音楽は、そういうものではないかと推測しております。
なので、今から最初の音楽経験をしていただくので、その1曲目を御用意させていただきました。
ワタシはあなたのお父様に成り代わることはできませんので、…ま、オカルトの人みたいにですよ、「はい、これがお父様からあなたに託されたメッセージですよ〜。」みたいなインチキを申し上げることは出来ません
え〜…そんなもんがもし届いてたとしたらね、高い確率であなたの症状は悪化すると思いますけど
…が、しかし、あなたのお父様が現在御覧になっている光景、思索している内容…そういったものがあるとすれば、文学は基本的にそういうものを描くことが出来ませんが、音楽ならば非常に簡単なわけです
音楽というものは、死者の言葉に耳を傾けるという側面が強く、で、またこれは…ちなみにですけど、単位時間内での情報の量が文学よりもはるかに多層的なので、喪失や摩滅…ですね、自分が擦り減ってしまう…というような自覚による鬱症状に対する、強い抗鬱作用もあります
ワタシの取引の条件は以下のようなものです。
あなたが現在、あなたを読書へ依存させているもの…つまり、具体的な書籍、本のことですけども…
ワタシが今からプレイする楽曲と引き換えに、あなたの本を10冊処分していただきます
まずは何より、書を捨てましょう。
ただ捨てるんじゃない。音楽と引き換えです。
その10冊は、あなたが最初に読んで、最も感銘を受け、今でも時折読み返すか、読み返さないまでも、心の中にずっと置いてある1冊、それとここ最近最も数多く読み返している1冊…を、必ず含めて。
とにかく手に取りがち、現実逃避の際に真っ先に、反射的に掴んでしまうものから、10冊選んでください。
選曲させていただいた曲は、なんと10分以上の演奏ですので、今日は生(放送)ですから、どれだけプレイできるか分かりませんけども、最低でも10分間プレイするつもりで、今、進めてます。
つまり「1分間に対して1冊」ということになります。
…いかがでしょうか。悪い取引ではない…と思うんですけどね。
もしこの取引に乗れない、ワタシを信用しない…ということであれば、それはまったくそれで構いません。
その際は、ま…今からラジオのチャンネルをお切りになるか、「タモリ倶楽部」に移行していただくか(笑)、いずれにせよ、とにかくこの番組からは離脱してください。
あ…、廃棄する本は、今お選びになる必要はありません。番組が終了してからでも結構ですんで。
じゃ!…取引のほう…よろしいですか?
…よろしいですか?…はい。
それでは…ラジオネームすらない、一時的な非常に辛い苦しみの中におられるこの方が、どちらを選択されたか?…取引に乗ったか乗らないかは分からないままですが、楽曲をスピンしたいと思います。


今からプレイする音楽のミュージシャン…彼はアラバマ州生まれのアメリカ人でしたが、人生のある日、「自分は誤って進化する愚かな地球人の愚行を正す為に、土星からやって来たメッセンジャーだ」と信ずるに至り、本名の「ハーマン・ブライト」を捨てます。
彼は「オーケストラ」という言葉と、「箱舟」という言葉の合成語である「アーケストラ」を率いて、同じビルディングで共同生活を始め、コミューンを形成し、その非常に平和的で小規模な新興宗教は、大変に美しい音楽によって、愚かな我々の進化を前導し続けています。
1993年に教祖であった彼自身が亡くなった後も、アーケストラは活動を続け、現在もほとんど養老院のような外見のままで、あらゆる既存のアメリカの教会で演奏活動中です。
つまり彼らはいまだに父の声を聴き、父からの音楽を受け取っては演奏している、というわけですね。

え〜…メールのあなた、ワタシの取引相手のあなたが、本なんか捨てちまいますよう。
音楽をフレッシュに、今、生まれて初めて獲得しますよう。
ま、聴きながら1冊ずつ捨ててっても構いませんよ。
それでは本日最後の曲です。無限の自由と空間をどうぞ
「Sun Ra & His Myth Sciense Solor Arkestra」で「Sleeping Beauty〜眠れる美女」。

(曲)

はい。というわけで、取引は成立したかどうか?…ご報告は結構です。あるいは、我々二人だけの秘密としましょう。
え〜…というわけで、いかがでしたでしょうか。「菊地成孔の粋な夜電波」シーズン7、ラウンド・ミッドナイト。本日はスペシャル・ウィーク、「ミュージックプレゼント」をお送りいたしました。
次回はお待ちかね、「粋な夜電波/ジャズ・アティチュード」、ジャズミュージックオンリーで番組を構成したいと思います。
それでは、また来週お会いしましょう。お相手は菊地成孔でした。ありがとうございました。

サン・ラー ジョイフル・ノイズ [DVD]

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※文字起こしの「NAVERまとめ」あります。