「昭和という時代の濃密さ。」

「粋な夜電波」159回放送はスペシャルウィーク
『生誕51周年記念!菊地成孔をはぐくんだ邦楽たち。銚子・観音町から、新宿・歌舞伎町まで』と題して、菊地先生のこれまでの人生で思い出深い邦楽を紹介するという特別企画。
番組前半で、弘田美枝子さんの「人形の家」を紹介された部分を文字起こししてみました。
今回オンエアされた楽曲を聞きながら、再度「スペインの宇宙食」を読み返してみたくなります。
半生を振り返るには1時間ではとても足りず、もっとたくさんの楽曲を紹介してもらいたかったので、またいずれこの企画はやっていただきたいですね。

カメラ=万年筆(紙ジャケット仕様)

カメラ=万年筆(紙ジャケット仕様)

ペドロ・アルモドバル―愛と欲望のマタドール (映画作家が自身を語る)

ペドロ・アルモドバル―愛と欲望のマタドール (映画作家が自身を語る)

まあ…ワタシのあの…ワタシがどんな出でどんな感じかってのは、まあ…本なんかにもちょっと書いてあります。
「スペインの宇宙食」っていう…ま、もう今はあれ青臭過ぎて、ちょっと…自分で読むのが恥ずかしいんで、あんまお薦めしたくないんですけど。そこにガキの頃の事は多少書いてあるんですけど。
ま、家が飲み屋でして、その家の両脇が映画館ですけど、実際…両脇が映画館ってこと以外は、ほんと飲屋街で、それこそここは赤坂、新宿歌舞伎町に近いんですね。それで歌舞伎町に住んでたんですけど。
ま、とにかく女系の世界です。男はバーテンダー…あとお店のパパ…要するにママにスポンサードしてる人ね、裏方ですよ男は。
だいたい千葉県ってのはですね、房総半島全体も含めてですね、男はダラダラしている(笑)…県なんですよね、特に海沿いはね。内陸入ったら分かんないですけど、海沿いは多分全部そうです。男ほとんど働かないんじゃないかな。女が切り盛りしている世界なんですよ。
ペドロ・アルモドバルっていうスペインの映画監督がいて、この人ゲイなんだけど、ワタシすごいこの人の映画が大好きで。…なんですけど、この人がね、自分が住んだアンダルシア地方の話をしてるんですよ。それは「女たちが町を切り盛りした。」って話なんですよね。
「女たちの井戸端会議によって、全部の情報を得た。」…で、町はとにかく「男は居ないかのようだった。」
まあ、これはペドロ・アルモドバルがゲイになっていく流れに相当関係したフロイド的な話ですけど。まあでもね、すごくよく分かります。
銚子市もそうでした。女たちが町を切り盛りしてましたね。特にワタシの町は。
で、男たちはもうマッチョってのを通り越してですね、バイオレンスだったんで(笑)…男の人たちは。喧嘩しか見てないんで。
だから堅気の人の暮らしってのを、ワタシほんとに知らないんですよね。
団地なんかにダイニング・キッチンがあって、朝目玉焼き食ったりする…暮らしを、全く知らないですねえ。
ワタシ…あの…斜め読みする人はね、女好きだとか女たらしだとか女殺しだとか、色悪みたいに言う方いらっしゃるんですけど、まあまあ…しょうがないですけど、実際は全然違うんですよ。ワタシは全然色悪じゃなくてね、ただ女の気持ちが分かるんですよね。女の社会の中にいたんで。単純に。
男のことはよく分かんないです。特に、音楽をやっていない男のことは、ほとんど分かんないですね(笑)。いまだに分かんないです。
バンドのメンバーみんな男ですけど、それは音楽やってるから付き合えるわけなんで、音楽が苦手だっていう男の人が一番困っちゃいますよね。
そんなワタシが…さっそく一曲目いきましょうか。
まあ、年代的に、昭和歌謡にあんまり偏っちゃうってのも、こう…TBSラジオ並びに戸波クオリティにおもねり過ぎてしまったかな?という気持ちもあるんですけども(笑)。おもねらないように頑張ろうと思うんですけど、でもどうしてもしょうがないですよね。
昭和38年っていったら、いちおう欧米的には「キング牧師がワシントン大行進。I have a dream. 」「ビートルズが全米デビューすることで、いわゆる世界デビュー。」「『ゲッツ/ジルベルト』がグラミー賞獲得することで、ボサノヴァって音楽がやっぱり世界デビュー。」
で、ワタシが生まれた日の、全米第一位ビルボードは、坂本九さんの「SUKIYAKI」って年ですから、大変な年なんですよね。音楽的に。グレートヴィンテージです。
…なんですが、今回は「和モノ」という縛りもありますし、さらに言うと、自分でいろいろ…どんな番組にしようか一所懸命考えたんですけど、やっぱりね…ジャズ、ヒップホップ入れてると、とりとめがつかなくなっちゃうんで、全部抜きました。…ので、結局やっぱり子供の頃の記憶となる和モノの曲となると、昭和歌謡にならざるを得ないですよね。
この曲がワタシに…「チェンバロが入ってるとオシャレだ。」っていう、ま…今では当たり前の事なんですけど、「チェンバロが入るとオシャレ。」っていうことと、あとは「インターテクスチュアリティ」。
いきなり難しい言葉喋ったな…って感じですけど、「インターテクスチュアリティ」ってのは例えば、この楽曲がそうなんですけど、ワタシもよくやります…いまだによくやってますけど。
音楽作品なんだけど、自分が書いたんじゃない、関係ない有名な本のタイトルをそのまま音楽作品…アルバムの名前にしたりね…ワタシは「構造と力」っていうアルバムがありますけど。まあ…ムーンライダーズさんっていう…後に1曲かける…かもしれない、今日ちょっと何の予定も決めずにフリースタイルでやってますからね、「カメラ=万年筆」っていう有名なアルバムがあって、全曲が映画のタイトルになってるんですよね。
これはまあ…10ccなんかもやったアイディアですけど、「インターテクスチュアリティ」…しかし10ccもムーンライダーズも、ワタシいい加減大人になってからです。
それに対してこの曲、弘田美枝子さんの「人形の家」という曲はですね、これは…イプセンの戯曲ですよね、「人形の家」っていうのは…それをムード歌謡のタイトルにしたんです、なかにし礼さんが。作曲は川口真先生です。
え〜…非常に素晴らしいです。今回あの…「自分を彩った音楽」とか言って、いちおう全部聴いたんですけど、残念ながらね…ノスタルジーと結び付いてるからいいと思ってるだけで、今聴くと色褪せてるものもあるんですよね。でも「今聴いてもやっぱり凄いわ…。」っていう、やっぱりその…「ほんとにクオリティがあるよな…。」っていうものだけ、今回お届けしようと思って積んで来たんですけど。
弘田美枝子さんという方は、元々はっちゃける…アイドルだった人です。あの…「V・A・C・A・TION…楽しいな…」つって「ヴァケィション」歌ってた方なんですね。
その方が、ある時ガンッと「大人の歌を唄うんだ」っつってジャズ歌手に転向されるんですよね。その後も大変な人生を歩みます、弘田さんは。
しかし「弘田美枝子物語」ではありませんので、とにかく曲を聴いていただきたく思います。
これがワタシをして、「ムード歌謡にちょっとシャンソン風味が入ること」「チェンバロ…」そして「インターテクスチュアリティ」…この3つの重要な、いまだにワタシが大切にしていること…の原点になっていると思います。
聴いて下さい。なかにし礼作詞、川口真作曲によります、「人形の家」。
(曲)

はい、昭和という時代の豊かさというか、濃密さがすべて詰まった…これをワタシはテレビで観ましたが、テレビの歌番組で聞きましたが、ワタシは店の番をしていましたので、遠洋漁業から帰って来た赤銅色の大男達、そして地回りのヤクザ、そして何をやっているか分からない人達…と一緒に観ていましたが、全員息を飲んだのを覚えています。
「鬼気迫る」という言葉がありますが、それを最初に経験した曲だったように思いますね。

スペインの宇宙食 (小学館文庫)

スペインの宇宙食 (小学館文庫)

クレイジー・ムービーズ VOL.2

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※文字起こしの「NAVERまとめ」あります。