「恋の罪」


園子温監督の新作「恋の罪」をテアトル新宿に観に行った。
思えば今年に入ってからの、急激に映画を観るようになったマイブームは、2月に同じくテアトル新宿で「冷たい熱帯魚」を観た時から始まっていたのだった。
園監督の作品を観る度に、毎回「地獄の窯の蓋が開いた」瞬間を垣間みるような体験をさせられるのだが、今回もまた凄まじい作品を観せられて衝撃を受けた。
冷たい熱帯魚」があまりにエクストリームな表現を突き詰めていたので、自ら上げたそのハードルを超えるインパクトのある作品を作るのは容易ではないと思っていたが……、いやいや、園監督恐るべし。
(以下ネタバレ含みます)

園監督は凡百のCMや音楽PV上がりの監督と異なり、「映像センス」を売りにして名を成してきた映像作家ではない。自身が詩人でもある監督は、「どう撮るか」よりも「映像を通して何を語るか」に重きを置いている人であろう。映像テクニックを駆使してスタイリッシュな画面を作っても、中身が何にもない映画を作るくらいなら、いびつで生々しくても、その中で真に生きた言葉が発せられ、観客の心に突き刺さった方が数万倍マシだと思っているに違いない。
言葉に生命を吹き込むためには、時には傷口を開き、血と涙を流さねばならない。そのために演技者に対して、すべてを曝け出し、本物の感情を爆発させることも要求する。役者に演出を付けられる映画監督が少なくなっている今、そうやって迫真の演技を引き出してフィルムに収めることのできる園子温監督作品は、やはり他の映画と比べると表現として突出している。作品に対して好みが分かれることはあっても、近年の彼の作品を見て凄いと思わない人はまずいないだろう。
冷たい熱帯魚」に続いて起用された神楽坂恵が、今回の「恋の罪」でも体当たりの演技を見せているが、その追い込まれ方は前作以上。この作品の撮影を通して本人の人格すら変わってしまったのではと思えるほど、作品の最初と最後では顔つきがまるで変わってしまっている。
実際に神楽坂恵が演じるのは、恵まれた結婚生活を送りながらも退屈と抑圧に悶々とする主婦だった女・いづみが、モデルの仕事を始めたのをきっかけに、売春までするようになり、さらに謎のカリスマ売春婦に調教されて、堕ちるところまで堕ちて行くという役どころ。堕落し汚れていくようで、実はどんどん自分を解放し、強くなっていく、その変貌の過程を見せつける大熱演。(特に、鏡の前で素っ裸になって自分を徐々に解き放っていくシーンでは、最初はその豊満な肉体に目を奪われるが、そのうちにどんどん変化していくその表情から目が逸らせなくなってしまう)
いづみの変貌の触媒のような役目を果たす女・美津子は、夜は円山町のラブホテル街で立ちんぼをしているが、実は有名大学で日本文学の教鞭を執る助教授というエリートの顔も持つ。実在の殺人事件を元に作られたこの作品における中心人物で、事実に則したキャラクター。これを演じる富樫真の鬼気迫る演技も凄まじい。いづみに言い放つ「オマエはきっちり堕ちてこい!」というセリフには痺れた!
夜の娼婦の顔の時の狂気を宿した振る舞いも凄いが、昼の姿の時の穏やかで知性あふれる語り方が娼婦の時とあまりにギャップがあって、ゾクゾクするほど魅力的。
この美津子を文学の助教授という設定にしたことによって、彼女の語る言葉の中に、園監督は多くのメッセージを込めている。授業中のシーンで朗読される、田村隆一の「帰途」という詩は、この作品のメインのテーマでもある。「言葉なんか覚えるんじゃなかった…」その印象深い詩がセリフとして、美津子といづみの口から発せられる時、観客は複雑な感情を呼び起こされて戸惑いながらも、心を震わせずにはいられない。詩人でもある園監督ならではの、この映画の重要な要素だと思う。
このいづみと美津子が引き起こす事件の真相を探る女刑事・和子を演じるのが水野美紀。園作品への出演は意外な気がしたが、彼女もまた素晴らしい演技を見せてくれている。やはりこの3人の女優の熱演あってこそ成立した作品であり、賞賛してもしきれないくらいだ。
園監督はこの映画を、「女性を讃える作品にしたかった」とインタビュー等で語っているようだが、まさにそれは自分も感じた。ただそれは畏怖の念も込みで。「男達に何をされようが、アタシの何を傷つけることも出来ないし、何の救いももたらしてはくれない」と言わんばかりの3人の女性の、強さと気高さと哀しさを目の当たりにして、憧れと同時に無力感も覚えずにはいられなかった。
この作品、周囲の人に勧めたくなる傑作なのは間違いないが、強いて挙げれば、ラストがやや冗長気味なのが気になるところか。
まずはその迫真の芝居をフィルムに収めるという事を優先しているからなのだとは思うが、意外に最後スパッと終わってもよさそうなものなのに、なかなか終わらず、間延びした印象は受けた。例の詩(「帰途」)の一節を何度も叫ぶところと、回想で再び大学での授業のシーンが挿入されるところは、ややくどいと感じたし、その後のいづみの姿を映すのもほんの少しでよかったのでは。(少なくとも「放尿」シーンの必要性には首を傾げる)
私生活のゴシップ記事と関連付けるのは不適切だと思いつつも、どんどん輝いて行く女優・神楽坂恵から目が離せなくなってしまった、園監督の個人的な思い入れが強過ぎたがために、こうなってしまったところもあるのではないかと邪推したくもなる。
また、エンドロールが流れる時のシーンも、ある程度蛇足的な部分であることは分かってて付け加えているのだとは思うが、個人的には和子がゴミ袋を持って走り出したその瞬間まで、で良かったように思う。そこでストップモーションでもよかった。それが延々走り続けて、最後に辿り着いたその場所は……っていうのは、いくらなんでも。「…どこに住んどんねん!」とツッコミたくなったのは、自分だけではあるまい(笑)。まあ、重箱の隅ですが。


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