「マイルス殴打事件を愉快に語る。」

TBSラジオ菊地成孔の粋な夜電波」、第91回放送もフリースタイル。
パスタをめぐる激しい闘いが繰り広げられた、とあるカフェでの爆笑WBO話も飛び出した回でしたが、合間に面白詳しい解説を添えて極上の音楽をお届けする不思議なバランスの番組。
「マイルス殴打事件」について楽しそうに語られた部分を文字起こししてみました。

…とはいえですねえ…マイルスはとにかく1、2曲かけるってのがほんとに難しい人でですね。
ま、ワタシ一応…研究本も出してる立場としまして、やるならもう「マイルス特集」半年間…っていうかね、マイルスの番組5年ぐらいやってももちますけども。
今日…まあ、そうですね…これしかないでしょうね。アルバム的には「Legendary Performance in New York 1959」かなんか書いてあって、ちょっとカッコ良さそうじゃないすか。しかしこれ、1959年8月25日のですね、名門ジャズクラブ・バードランドでの演奏…といえばですね、マイルスのファンは…「あ、ボコられた日の演奏じゃねえか!」っていうことが(笑)。それが「レジェンダリー」なのか?っていうね。
ていうか、マイルスのファンならこの「レジェンダリー・パフォーマンス…」っていうタイトルのちょっと皮肉な感じと、ジャケットで頭に絆創膏2枚貼って(笑)、ジャケットに…あ、着てるジャケットね…スーツに血が付いて、ちょっと…なんつったらいいんすか…警官とボヤ〜ッとした顔で話してるマイルス…もうすぐ思い浮かぶでしょうね。
マイルス・デイビス…もう絶頂期のね、人生の絶頂じゃねえかなって時に、警官に頭、棍棒でひっぱたかれてるんですよ(笑)。これは有名な「マイルス殴打事件」っていう事件なんですよね。で、これが1959年の8月25日に起こるんです、真夏ですよね。
まあ、なんだ…ツッパった黒人が街歩いてて、警官に「そこどけ!」とか言われて、「なんで『どけ!』だ。俺はここで演奏してんだ!」「どかないなら逮捕すんぞ!」って言われて、マイルスがキッ!と睨んだら…まあ、気が強いですからねえ…鼻っ柱が強いですから。…で、警官にボコられてしまって(笑)、マイルス血だらけになって。
で、マイルスいわく「その周りはもう…人種暴動みたいな騒ぎで、騒然だったんだ」って言いますけど、あの人話にフカシが多いですから、ほんとだったかどうだか、そこらへん微妙ですけどね。ただ、騒然としたのは間違いないと思うんですよね。写真いっぱい残ってますけども。ま、59年って時代ですから、いかにマイルス・デイビス、いかにニューヨーク、いかにジャズクラブの一階とはいえですね、マイルスが裁判で無罪を勝ち取るまでには二ヶ月かかったわけですけども…。
この日の演奏が音源になってるってことですね。そっから聴くかなっていう(笑)。
もう、凄かったんすよ、こん時のマイルスは。マイルスの自意識ってのは「俺はいつでも凄い!」ってのがマイルスですから、まあ…死ぬ直前夜まで、際まで「俺は一番凄い!」と思ってた人ですけども、名実共にこの時期が一番凄かったですよ。なにせ、この年の三月四月が「カインド・オブ・ブルー」の収録ですからね。
「カインド・オブ・ブルー」ってのは、いつも番組で言ってますけど、もう22世紀に…「そういえば20世紀にジャズって音楽があったらしいんだけど、何か一枚」って言われたら、まあ…「カインド・オブ・ブルー」が出てくるだろうな。パーカーじゃねえよな…っていうぐらい売れてるんですよ。いまだに年間で地球上に何万枚ずつか売れてるっていうんで、売れ続けてるアルバムですけどもね。これを録音した年ですよね。
で、まあ…ワタシの拙著「M/D」、マイルス・デイビスの研究本、分厚いやつ…あ、今はもう文庫で分厚くなくなりましたけど、あれ読んでいただけるとわかりますけど、マイルスが生まれから死ぬまでの間をテープにしてね、真ん中で折り返して折り目のところがいつでしょう?って言われると、なんと1959年だっていうね。しかも6月かな?…「カインド・オブ・ブルー」が出た時が、ちょうどマイルスの人生の折り返し地点だっていう、恐ろしいシンメトリーですよね。シンメトリーに取り憑かれた…双子座でシンメトリーが好きだった人でしたけども。数秘学が好きでね。数秘学いま流行ってますけどね、「カバラの数秘学」…やっと日本に入ってきてね、あっちこっちで本が売れまくっちゃって、当たる当たると大騒ぎの「カバラの数秘学」ですけども。マイルスは自分の数字が6だっていうんで、「割り切れる!」っつって。「2でも3でも割り切れる。すげえシンメトリーなんだ!」っつって。まあ、子供っぽいっちゃ子供っぽいですけど(笑)、そういうのを喜んでたような人ですからね。
でもまあ、さすがマイルスっていうか、一番調子こいてた時に殴られるんですよ(笑)。
で、写真が残ってるんですけど、勇敢に警官に挑みかかってる写真とかありそうじゃないですか、イメージ的には。…全然違うっていうね。ボケーッとしてて、「…なんで俺叩かれたの?」みたいな感じの(笑)。ボケッとしてて、いざぶん殴られるとマイルスは退行してしまうっていうね。ボヤッとしてしまうってのがね。
あとその時の奥さんが迎えに来て、その時は安心した顔してるっていう…これが可愛くなくて何が可愛いのかっていうぐらい可愛いですけどね。その日の演奏を聞いてみましょうか。「レジェンダリー…」から。
3曲のテープが残ってるんですけど、まあ「So What」。それこそ「So What」ってのは「それが?」って意味ですからね、沢尻エリカさんのセリフですよ。え〜…あ、沢尻エリカさんは「別に?」だ(笑)。ま、似たようなもんすけどね。


Kind of Blue

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