「君は人を呪ったことがあるかい?」

「粋な夜電波」第107回放送の、「Few Minutes Unlimited」のコーナーで朗読されたショートストーリーが、短編小説として極上の作品になっていると思い、書き起こしました。
なんか「The New Yorker」とか「Esquire」とかの雑誌にそのまま載せられそうな一篇(?…よく分からず言ってますが)ではないかと思いました。
最高にクールでセクシーなムード漂う掌篇で、ホセ・ジェームズの音楽にピッタリです。

もうすっかり夏の夜が来たし、シャンペンも3杯目だし、そうだな…今日は…そう、呪いについて話そう。
君は人を呪ったことがあるかい?
呪い殺そうとしたことがあるかね?
僕はある。
それは取るに足らない事で、今から思えば、衝動買いのスーツがまったく似合わなかった…そんなのと同じ、単なる散財だった。でも、その時は真剣だったんだ。
そう。浮気されたからだ。


フェスばっかり行って、宇宙がどうのこうのとか言ってる、あんなくだらない男と。彼女はデートして、手を繋いで、キスをして、ああ…セックスもしたのである。
しかも彼女は、僕が、僕のために、僕に着て見せるためだけに、買い与えた、僕の最高にお気に入りのアメリカン・アパレルのあのオレンジ色の…あの最高の水着を、あんないけすかないエコのクソ野郎に着せて見せて、しかも彼女お得意のストリップティーズまでしてみせた。道玄坂のラブホテルの、ベッドの上で。


何でわかったかって?
彼女が自白したんだ。
いつものように、僕はお気に入りのR&BのCDを大音量でプレイして、いつものように、彼女はベッドの上で踊りだし、まずは右肩の紐に手をかけてグッと引っ張り、鎖骨と肩甲骨を見せながらターンした。
僕はもうハァハァ言って、それを見ていた。
「すごい興奮してるでしょ?」と言われ、
「ああ。最高にね。」と僕は言った。
いつもだったら、右の乳首ギリギリまで、さらに肩紐を引っ張る…というところで、彼女が突如暗い顔になった。
「ねえ。これやっても興奮しない人がいるなんて信じられる?」
小さい頃から無駄に勘がいい僕の頭の中で、地獄の鐘が鳴った。
アイツだな?…アイツにこれをやってみせたな?
彼女はごめんなさいも何もなく、ヤツが興奮しなかったと言って泣いた。
「『早くそんな不自然な物は脱いで、二人で愛し合うんだ。』と言われたの。」と彼女は言って、下半身素っ裸の僕の腹の上で、僕の陰毛を涙でびしょびしょに濡らしたのだ。
経験したことのない興奮を覚えた僕は、早速ヤツを呪い殺すことにした。


青山にあるハイチ・レストランに、背の小さい、脱法ハーブばっかり吸ってるコックがいて、「自分はヴードゥーが出来る」と言っていたのを思い出したのだ。
彼自身はコロンビア人なんだが、「母方の祖先がハイチだから大丈夫だ」と。
彼を呼び出して、ダークラム1本と脱法ハーブを山程与え、一体いくらでやってくれるか、と尋ねたら、彼は急にオロオロしだして、
「自分はがんとか心臓とか交通事故とかは出来ないんだけど、鬱病と肝硬変なら出来るけど、それでもいいか?」とか、
「一番得意なのは糖尿と高血脂症だ。それならすぐ出来るけど、そっちにしないか?」とか言い出したので、僕は苛々し、
「金ならいくらでも出す。」と言った。「ただし、領収証も忘れずに。」
「領収証は何の問題もない。」と、彼は突然自信満々になって、やや目を血走らせ、
「一週間以内に必ず発病させる。報酬はヴードゥーの代金と必要経費。」と言った。
「必要経費って何だ? 生きた鶏の首でも切るのか?」と言うと、
「まさか。あんなのは昔のやり方だぜ。」と言って、彼はなぜか全力疾走で走り去った。


三日後に彼から電話がかかってきた。
「相手はレゲエ・バンドをやってるな? なんでそれを言わない!」
「知らねえよ、そんなこと。」
「相手はラスタファリアンだ。いいか、ヴードゥー代は倍だ。」
「五倍でもいい。早くヤツを呪い殺せ。できれば僕が見ている前で。」


翌日になると、彼から必要経費の明細が送られてきた。
ワークステーション型のシンセサイザーとスタジオ代、ホーンセクションのギャラ?…何だこりゃ?」
「だから、ヴードゥーの必要経費だよ。ラスタファリアンに呪いをかけるには、こっちだってかなりのパワーが要るからな。」
指定口座に入金を済ませ、約束の一週間後になると、彼は僕を呼び出した。
ハイチ・レストランの屋上に行くと、そこにはちょっとしたステージが設えてあった。
ホーンセクションが全員黒人だった。
唖然としている僕に向かって、彼はマイクを掴み、シンセサイザーのスタートボタンを押すと、歌い出した。


「プロミス・ラヴ、ベイビー。君を陶酔感に浸らせてあげよう。」


「…オマエ、ちょっと待て! これがヴードゥーだってのか?」
「そうだよ。いいか? このアルバムのタイトルは…」
「持ってるよ! 俺はこのアルバム。バカか? オマエは…。」
彼の胸ぐらを掴んで、ステージから引き摺り下ろそうとした瞬間、彼女が現れた。ヤツと一緒に。
コロンビア人はステージに戻り、演奏は続いていた。
ヤツは僕に近づき、真正面から僕の目を見て、こう言った。


「人を呪ってはいけない、なんて…私が言うと思ったかね。
音楽を呪いに使ったりしてはいけないと、私が言うとでも? 君は思っているのかね。
音楽には二種類しかない。スウィートな音楽か、ビターな音楽か。
我々は、呪いも祝福も、悪魔払いも、戦争も平和も、堕落も救済も、すべて音楽でやる。スウィートな音楽でね。」


彼女がカルメンのスプリングコートを脱いで、水着姿になった。
「彼女には教えたよ。
ダンスをセックスの前戯や、媚薬や、ましてや支配力に使う者の人生からは、マジックが消えてしまう。
待っているのはとてつもない闇だけだ、と。」


ヘリコプターとサーチライトが僕らの上空で飛び交い始めた。
彼女は踊り出し、コロンビア人が歌い続け、僕はヤツの目を見ながら、たった今自分が、呪いを行なっていることを実感していた。
それは呪われていることを、同時に意味していた。


その夜から二ヶ月して、彼女もヤツもコロンビア人も、すべて街から消え、あれから僕は糖尿にも鬱病にもなっていないが、悪玉コレステロール値は高いままだ。
スウィートな音楽と、スウィートな呪いに、囲まれたままで。


君は人を呪ったことがあるかい?
誰かを呪い殺そうとしたことがあるかね?
こうして、僕にはある。
それは取るに足りない話で、今から思えば衝動買いのスーツがまったく似合わかった、そんなのと同じ単なる散財だった。
でも、その時は真剣だったのさ。

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