「アクト・オブ・キリング」



この日は朝から天気が良く、汗ばむ陽気の中を宮益坂を上り、シアター・イメージフォーラムへ。
公開を待ち望んでいた「アクト・オブ・キリング」を観に行った。
TBSラジオ「たまむすび」での町山智浩氏の解説を聞いて、「これは絶対観なければ!」と思っていた作品。
アカデミー賞にノミネートもされ、世界各国でドキュメンタリー部門の様々な賞を受賞するなど、事前の評判も高く、話題になっていた作品なのに、都内でここ1館のみの上映という状況には首を傾げざるをえないが、案の定、シアター・イメージフォーラムの前には連日、整理券配布開始時刻前から長蛇の列が出来ているという。
この日も朝イチの回からすでに行列が出来ていた。
指定席ではないので、各回の整理券を先にもらっておくほうがいいのだが、11時15分の回は10時半の整理券配布時に開場しているので、席を確保したかったら午前中に行くのがおすすめ。
上映開始30分前には座って待っていたが、続々人が入場してきてすぐに満席。最後列の長椅子の補助席まで人が入った。
今週の「タマフル」の「ムービー・ウォッチメン」の批評対象作品になったこともあってか、若いお客さんも多かったようだ。

1965年から始まったインドネシアの軍事政権によるクーデターの中で、「共産主義者撲滅」を名目に100万人規模の大量虐殺が行なわれたという事実。その実行部隊だったプレマンと呼ばれるヤクザの男達が、その時の状況を自ら再現して見せる…その様子を撮影したドキュメンタリー作品。
当人達の殺人行為は正当化されているため、嬉々としてカメラの前で「どのように殺していったか」を語る。
「ハリウッドのギャング映画を真似て殺し方を考えた。」と自慢げに語り、自分達を讃える映画を製作するつもりで、滑稽な扮装までして、下手な芝居まで行なう…その様子はコミカルだが、あまりにグロテスクだ。
町山氏は「笑っていいのかどうなのか困るコメディ」とも言っていたが、自分はとてもじゃないが笑えなかった。
何の罪悪感も抱いていない殺人者たちが、冷酷無比にカリカチュアされた存在ではなく、同じ状況に置かれたら自分だってこうなっていたかもしれないという、親近感すら抱いてしまいそうな人間だったからだ。
地元の女子供たちを集めて殺される側の役をやらせ、「もっと泣き叫ぶんだ!」と演技指導までし、その様子をニヤニヤ笑いながら喜んで見ている取り巻き連中…実行者でなくても、この中に自分もいる可能性は大きい。
観ていくうちに、予想をはるかに超えて暗澹たる気分になっていった。
怖いもの見たさで観るにはあまりにもヘヴィ過ぎるし、タチの悪いブラックジョークだと笑い飛ばすにはあまりにもリアルで、ドッキリ企画にしてはあまりにもリスキーだ。
それでも最後の最後、ほんのわずかだが救いがあるのだ。
カタルシスなどないが、祈りたくなるような気持ちでいっぱいになった。
個人的には、これは絶対観るべき映画だと思っていたし、実際に観て、本当に良かった。

ひとりでも多くの人がこの作品を観たらいいのに…とも思うが、なかなか気軽に薦められるような作品でもない。
ただ、現政権を日本政府が支援しているという政治的な理由があるのか、この作品をおおっぴらに宣伝できないような自粛ムードがあるような気がするのは残念だ。
デヴィ夫人の発言を黙殺したマスメディアに対する町山氏の怒りはもっともだと思う。)
知られて不都合な事実がたくさん含まれているのかもしれない。
ただ、観てどう感じるかは、それぞれに任せればいいわけで。
「知らされないことによって、想像力を奪われる」ことは耐え難い仕打ちだ。