「THE PIER」



初回限定盤で買った、くるりのニューアルバム「THE PIER」。これが傑作で数日聴き込んでいる。
8月のワールド・ハピネスのステージで「Liberty & Gravity」を演奏するのを初めて聞いた時に、「あ、くるりはさらにネクストレベルに進化した!」と興奮したのだったが、その期待通りに最新作にして最高傑作のアルバムを発表してくれた。
自分は飽きっぽい性分なので、ずっと聞き続けているバンドは限られてくるのだが、くるりはあらゆるジャンルの音楽を咀嚼吸収して独自の音楽性を確立するのに長けているので、新作を毎回楽しみに待てるほぼ唯一のバンドだ。
とはいえ、2009年の「魂のゆくえ」以降は、ブルースやR&B、日本固有の音頭や東欧の民族音楽などを掘り下げ、ルーツに回帰していく方向性にあり、その時点その時点で作品に結実はしていたものの、個人的には今ひとつ物足りなく思っていた。
さらに何度目かのメンバーチェンジを経て制作された前作「坩堝の電圧」が、新人バンドのような勢いは取り戻したものの、それぞれの楽曲はまだ未完成状態のようなものを聞かされたような印象が残ったので、そろそろこの習作の時期を抜けて、ひとつの到達点のような決定盤のようなアルバムを出してほしいと望んでいたところだった。

そしてこの「THE PIER」。まず1曲目の「2034」がいきなり決定打だ。
クラシック音楽を踏まえたアレンジを、最新のテクノロジーを駆使したサウンドで構築したインストナンバーが、後半バンドサウンドになだれ込む瞬間、まさに最新型のくるりの立ち位置がバーンと打ち出されたかのようで興奮した。
そして、まさかのど演歌調メロディの「日本海」に、ほぼ切れ目なく繋がる。この曲も懐古的でなく、アレンジとサウンドのテクスチャーによって、むしろ近未来的に聞こえる不思議な曲だ。
他の楽曲にも顕著に表れているが、今回は「どこかで聞いたことのある、懐かしいメロディ」を多彩なアレンジで、くるりにしか作れない独特のサウンドにまで昇華させることに特に力を注いでいるようだ。
歌メロだけ聞いたら、「え?これ何かの曲のパクリじゃないの?」と不安に思うのだが、その後の展開の仕方が巧みで、決して予定調和に落ち着かない。
「ロックンロール・ハネムーン」の歌メロは小田和正財津和夫のようだし、「しゃぼんがぼんぼん」はフォークダンスの「オクラホマミキサー」を倍速でメタル調にしたかのようだ。「Remember me」は志村正彦チックだし、「Amamoyo」は小沢健二の「天使たちのシーン」とそっくり。「最後のメリークリスマス」のAメロなんて、まんま「ミス・ブランニュー・デイ」である。
…でも、いいんだよ、これが。不思議なことに。
これは、あえて耳馴染みのいいメロディをフックにしてポップさを確保しつつ、どんなモチーフであっても、ひねりを加えていくうちに、他の誰にも真似できない自分たちだけのサウンドに持って行けるという、バンドの自信のあらわれなのだと思う。
これらの楽曲が1枚のアルバムとしてまとまる上でのキーとなった楽曲は、やはり「Liberty & Gravity」だろう。
この奇妙なグルーヴを持つワークソングが、他に類を見ない独自の楽曲に仕上がったことが大きくて、この曲を5曲目に配置したことで曲順の並びもすごく良くなったんじゃないかと思う。
前作の時はロックバンドにトランペットのメンバーが単体で参加するとは、どんな音楽になるのだろう?と不安に思っていたが、今作ではファンファンも大活躍。トランペットとバンドサウンドの合う合わないは全く気にならず、むしろこのトランペットの音がバンドサウンドの方向付けに大きく影響を及ぼしているとすら感じる。
メンバーを代えるたびに、今のくるりが最強なんじゃないか?と思っていたが、今回も強くそう感じる。
今のくるり、最強かも。

THE PIER (通常盤)

THE PIER (通常盤)